キャプテン・悲願の初タイトルへ
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「澤登正朗」の記事における「キャプテン・悲願の初タイトルへ」の解説
1996年シーズンから、オズワルド・アルディレス監督、スティーブ・ペリマンコーチ体制となり、三浦泰年、長谷川健太に続き清水エスパルスの3代目キャプテンに就任した。アルディレス監督からは、ワンタッチ、ツータッチでボールを捌くシンプルなプレーを求められ、次第にプレースタイルを変化させていった。試合ではドリブル突破よりもパスを選択する場面が増え、以前に比べて相手選手との接触プレーで怪我をすることが少なくなり、Jリーグの出場試合数を着実に伸ばしていった。 1996年の6月1日から9月25日に行われたJリーグカップでは、全16試合に出場し、清水の初タイトル獲得に貢献。ホーム・アンド・アウェー方式で行われた予選では、第2節2nd.leg(セカンドレグ)の横浜フリューゲルス戦で、楢崎正剛から、タイミングをずらした技ありのFKをファーサイドへ決め大会初得点。予選最終戦、第7節2nd.legのジェフ市原戦では、予選突破に3点差以上での勝利が必要となったが、セットプレーで2得点に絡む活躍もあり、4-0の逆転勝利で準決勝進出を果たした。準決勝では、スルーパスからオリバの得点をアシストするなど勝利に貢献、中田英寿を擁するベルマーレ平塚を5-0で破り決勝進出。過去2度に渡り決勝で敗れ、元監督のエメルソン・レオン、元キャプテンの三浦泰年との対決となった、ヴェルディ川崎との決勝戦では、後半37分に、FKから2点目のオリバの得点をアシストするなど活躍。勝敗はPK戦にもつれ込み、澤登は1人目のキッカーを務め、相手GKの逆を突いてゴール右へ流し込みPK成功。ヴェルディは2人目のキッカーマグロンがPK失敗。4人全員決めた清水は5人目のオリバがゴール左隅に決め勝利。過去最大規模(最多試合数)で行われたJリーグカップを、清水が制し、悲願の初優勝を飾った。決勝戦の翌月、フジテレビの森田一義アワー 笑っていいとも!に、ゲスト出演した際には、司会のタモリに初優勝を祝福された。
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