のんきな父さん
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『のんきな父さん』(のんきなとうさん)は、1946年(昭和21年)製作・公開の日本の長篇劇映画である。マキノ正博(のちのマキノ雅弘)監督。小杉勇主演。松竹京都撮影所製作。 マキノ正博が松竹京都撮影所の所長時代の最後に、本作と溝口健二監督の『歌麿をめぐる五人の女』の2本の企画が通った。マキノは10月中に本作をクランクアップしたが、そのころ溝口は準備を始めたばかりであった。当時の同撮影所には労働組合がなかったが、それはマキノが所長だったからで、組合組織化寸前の状態であった。本作のクランクアップ後、マキノは辞表を手に松竹本社に向かい、受理されて戻ってきたところで従業員組合が結成され、マキノは委員長に就任させられた。やむを得ず1週間のストライキを打ち、本社と要求折衝を行った。ストライキ明けに溝口はわずか1週間で『歌麿をめぐる五人の女』をクランクアップさせ、それぞれ完成にこぎつけた。両作は、マキノ個人の借金で製作された。完成後に、両作を副社長の城戸四郎に試写を行い、両作を妥当な金額で買い取らせた。ストライキによる従業員の要求も受け入れられた。 本作の撮影には、灰田勝彦の親友の別所毅彦ほか、25名のプロ野球選手が出演した野球の試合のシーンがある。本作に特別出演した多くの歌手の中で、ミスワカナが撮影直後の同年10月14日、心臓発作で急死している。
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