いわゆる「アガーテ音型」についてとは? わかりやすく解説

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いわゆる「アガーテ音型」について

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/29 09:18 UTC 版)

弦楽六重奏曲第2番 (ブラームス)」の記事における「いわゆる「アガーテ音型」について」の解説

この曲の作曲の際に必ず持ち上がる問題が、ブラームスのかつての恋人アガーテ・フォン・ジーボルト(Agathe von Siebold, 江戸時代来日したシーボルト親類)との関係である。ブラームスは、デトモルト宮廷ピアニスト務めていた1858年ゲッティンゲンにて大学教授の娘だったアガーテ知り合い恋愛関係陥る。彼女はきわめて美しい声の持ち主で、ブラームスは彼女が歌うことを想定した歌曲作曲している。しかし、1859年アガーテから婚約破棄伝えられ、この恋愛は終わることとなる。 前述のように、弦楽六重奏曲第2番スケッチ遅くて1855年から始まっている。ブラームスは、この曲のうちにアガーテへの思い断ち切る決意秘めた伝えられている。その根拠として挙げられるのが、第1楽章第2主題終結部現れるヴァイオリンの音型である。この音型は、イ-ト-イ-ロ-ホという音であるが、ドイツ語音名読み替えるA-G-A-H-Eとなる。これは、アガーテの名(Agahte)を音型化したものだ、といわれている。また、ブラームス自身が「この曲で、最後の恋から解放された」と語った、とも伝えられということ相まってブラームス友人彼の最初伝記作家となったマックス・カルベック(Max Kalbeck, 1850-1921)以来有名な逸話として伝えられている。 しかし冷静に考えるならば、この逸話はいくつかの疑問点浮かび上がる。その第1に果たしてこの音型は本当にアガーテを音型化したものなのか、という点である。ブラームス自身はこの音型について何も語ってもいないし、ドキュメント残していない。ということは、この音型がアガーテを音型化したのであるということに対して反論する証拠がないと同時にそれを裏付ける証拠もないわけである。また、作曲時期についても、この逸話第1番作曲時期1860年)ならば納得できようが、果たし失恋1859年)と第2番作曲時期1864年1865年)との間にこれほど隔たりがあるものか、という点が疑問として残る。さらに言うならばカルベック記述に対してブラームス作品あまりにも詩的に解釈しすぎているのでは、という批判存在するのも事実である。この逸話については、カルベック記述すべての源であるということをあわせるならば、その信憑性についてはもう少し慎重を期すべきである。

※この「いわゆる「アガーテ音型」について」の解説は、「弦楽六重奏曲第2番 (ブラームス)」の解説の一部です。
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