『旧唐書』経籍志と『新唐書』芸文志
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『旧唐書』は後晋の頃に作られ、経籍志はその一部である。この目録はもともと開元年間(713年 - 741年)に毋煚が作った『古今目録』を抜粋したものであり、唐代初期の書物しか載せていない。全体の分類としては、概ね『隋書』経籍志を踏襲している。また、各部門の総論、各子目の総説はなく、全体の総論があるだけである。内藤湖南は、これを目録の「退歩」であると表現している。 『新唐書』は北宋の頃に作られ、芸文志はその一部で、同じく四部分類である。各分類の中に「著録」と「不著録」の二種があり、前者は『古今目録』(また『旧唐書』経籍志)にやや手を加えたもの、後者は『古今目録』後にできた新たな唐代の書物を追加したものである。総序は更に粗略になり、『旧唐書』経籍志までは、ある場所に現存していた書籍に対して作られた目録であるが、『新唐書』芸文志に至ると、編纂者が実見した書籍に対する目録なのかどうか判然としないものになった。 『旧唐書』経籍志と『新唐書』芸文志においては、仏典は子部の道家類の中に収められているが、これは仏教より道教を優先した唐代の政治的背景を反映したものである。道家類の中に仏典を収めるのは評判が悪く、次の『崇文総目』では「釈家」(仏教)として独立した分類が立てられた。これ以後、道教経典・仏典は子部の中に分類される形が採られるようになる。
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