『旧約聖書』とアッシリア
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「アッシリア」の記事における「『旧約聖書』とアッシリア」の解説
『旧約聖書』はアッシリアについて著述された文献のうち後代まで継続して受け継がれた数少ない文献の一つである。『旧約聖書』の中でアッシリアは外敵として描かれる。取り分け『列王記』の中の記述では、アッシリアがイスラエルに攻め込んだ様、そしてイスラエル王国やユダ王国がそれにどのように対応したかが、宗教的修飾を伴うものの詳しく叙述されている。 概略はプル王(ティグラト・ピレセル3世)がイスラエルに侵攻して以来、イスラエルとユダの王が時に貢物を贈って災禍を免れたことや、アッシリア統治下でイスラエル人達が各地に強制移住させられたこと、そして元の土地には入れ替わりにバビロニアなど各地の人間が入植させられたことが記述されている。 また、『イザヤ書』の中では主がアッシリアに罰を下すであろうこと、そしてアッシリアを恐れてはならないことが主張される他、『ナホム書』と『ゼファニヤ書』では将来のアッシリアの滅亡が預言される。これらからは当時の被征服者達の対アッシリア感情の一端を垣間見ることができる。さらに、『ヨナ書』では被征服者から怨嗟のまなざしを投げかけられるアッシリアの都ニネヴェですら、ヤハウェ神の愛が及ぶことを説くことで、イスラエル人部族連合体の神から全世界を統べる唯一神への、ヤハウェ神概念の拡張が表現されている。 『旧約聖書』のアッシリア観は近現代の研究者達にも多大な影響を与えた。現在、アッシリア学においては、信仰的な理解で『旧約聖書』を扱うことは一般的ではないが、古代の記録としての『旧約聖書』が極めて重要な史料であることに関しては疑いを入れる余地はない。またアッシリア王の名前は『旧約聖書』のヘブライ語表記に基づいたものが広く普及している(例えばセンナケリブはアッシリア人自身の用いたアッカド語ではシン・アヘ・エリバ、となる)。
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