硫酸 歴史

硫酸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/25 08:07 UTC 版)

歴史

イスラム錬金術

アランビック蒸留器

硫酸を発見した人物として2人の名前が知られている。1人は8世紀のイスラム世界の錬金術師ジャービル・イブン=ハイヤーン(ラテン名ゲベルGeber)であり、ミョウバンもしくは緑礬(りょくばん、硫酸鉄(II) 7水和物を主体とする鉱石)を乾留して硫酸を得たとされている。もう1人は9世紀のイスラム社会の医者であり錬金術師であったイプン・ザカリア・アル・ラーズィー (ラテン名ラーゼスRhases) である。緑礬あるいは胆礬硫酸銅(II)5水和物を主体とする鉱石)を乾留して硫酸を発見した。いずれにせよ乾留の過程で、熱分解によって酸化鉄(III)あるいは酸化銅(II)とともに三酸化硫黄が生じる。これが水を吸って凝縮し、希硫酸が得られた。

この方法は、アルベルトゥス・マグヌスなどによるイスラム文献の翻訳により、ヨーロッパへと伝えられた。このような由来により中世の錬金術師の間では、硫酸は礬油(oleum vitrioli)・礬精(spiritus vitrioli)と呼ばれていた。

14世紀には、ベネディクト会の修道士であり、錬金術学者でもあったバレンティヌス (Basilius Valentinus) が硫黄硝石を併せて燃焼させると、金属を溶かす性質のある液体(硫酸)が得られることを発見した。

1600年ごろ、オランダ人の発明家コルネリウス・ドレベル (Cornelius Jacobszoon Drebbel) は、熱した硫黄と硝石から当時としては最も効率よく硫酸を回収する方法を確立した。ドレベルの手法は150年後に登場するローバックの鉛室法につながっていった。

17世紀にはドイツの化学者ヨハン・ルドルフ・グラウバー (Johann Rudolph Glauber) がアムステルダムに硫酸工場を設立している。水蒸気を通じながら、硫黄を硝石と一緒に燃やす手法を採った。硝石の分解生成物が硫黄を酸化して三酸化硫黄を作り、三酸化硫黄と水の化合物として硫酸を得ていた。硫酸工場の目的は、硝石と反応させて硝酸を製造するためであった。1654年には食塩に硫酸を反応させて塩酸を発見している。このとき生成する硫酸ナトリウムは彼の名からグラウバー塩とも呼ばれる。

産業革命

1736年には、イギリスのジョシュア・ウォード (Joshua Ward) が全工程にガラス容器を用い、グラウバーの製法を用いて生産規模を拡大した。

1746年にイギリスの化学技術者ジョン・ローバック (John Roebuck) が反応容器の素材をそれまでのガラスからに変え、鉛室法の基礎を確立した。硫酸の製造コストを大幅に引き下げることができたため、鉛室法の工場はイギリス中に広まった。繊維漂白剤の製造に硫酸が欠かせなかったことから、17世紀から18世紀当時の産業革命の進展に大いに寄与した。

1793年フランスの化学者ニコラ・クレマン (Nicolas Clement) とシャルル・デゾルム英語版 (Charles Bernard Désormes) が鉛室法を完成した。鉛の容器中で硫黄と硝石に「空気を通じながら」燃焼させたことに特徴がある。クレマンとデゾルムは、1811年にヨウ素を発見した化学工業家ベルナール・クールトアの友人であり、ヨウ素のサンプルの分析を依頼されて発見を再確認し、1813年11月29日にクールトアの業績を公開している。

その後、鉛室の前段階で硫黄を燃焼させ、三酸化硫黄を製造する工程が発明された。

1818年、フランスの物理学者、化学者であるゲイ=リュサックが鉛室法を改良、1827年には、鉛室で生成した窒素酸化物を回収するため、鉛室の後段に接続するゲイ=リュサック塔を考案した。1837年にはフランスの硫酸工場に最初の塔が設置されたものの、広範囲には使われなかった。

1859年には、イギリスのジョン・グローバー (John Glover) が回収した不純物を含む硫酸から硝酸を分離するためのグローバー塔を考案した。ゲイ=リュサック塔はグローバー塔と組み合わせることで真価を発揮し、硝酸法の地位が確立した。これをもって、硫酸製造の工業化が完成されたとされている。硫黄の燃焼室、グローバー塔、鉛室、ゲイ=リュサック塔を直列に接続し、グローバー塔とゲイ=リュサック塔の間で硫酸を循環させるシステムができあがった。

1870年代には、鉛室の前後に2種類の塔を備えた硫酸工場がイギリスを中心にヨーロッパ中に広まった。

鉛室法は長い間標準的な製法であったが、白金触媒を用いる接触法が開発され、ついで、1915年に発見された五酸化二バナジウム (V2O5) 触媒を用いるBASF法に置き換えられていった。


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