三菱樹脂事件 三菱樹脂事件の概要

三菱樹脂事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/11/10 07:17 UTC 版)

最高裁判所判例
事件名 労働契約関係存在確認請求事件
事件番号 昭和43(オ)932
1973年(昭和48年)12月12日
判例集 民集27巻11号1536頁
裁判要旨
  1. 憲法14条や19条は、もっぱら国または公共団体と個人の関係を規律するもので、私人相互の関係を直接規律することを予定したものではない。
  2. 企業者は、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。
  3. 企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為といえない。
  4. 労働基準法3条は雇入れそのものを制約する規定ではない。
  5. 新卒採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと留保解約権の行使にあたっては、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。
大法廷
裁判長 村上朝一
陪席裁判官 大隅健一郎 関根小郷 藤林益三 岡原昌男 小川信雄 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
憲法14条、19条、民法90条、労働基準法3条
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事件のあらまし

訴訟に至った経緯

1963年3月に、東北大学法学部を卒業した原告・高野達男(たかの たつお、以下単に「原告」と称する)は、三菱樹脂株式会社に、将来の管理職候補として、3ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保するという条件の下で採用されることとなった。ところが、原告が大学在学中に学生運動に参加したかどうかを採用試験の際に尋ねられ当時これを否定したものの、その後の三菱樹脂側の調査で、原告がいわゆる60年安保闘争に参加していた、という事実が発覚し、「本件雇用契約は詐欺によるもの」として、試用期間満了に際し、原告の本採用を拒否した。これに対し、原告が雇用契約上の地位を保全する仮処分決定(東京地裁昭和39年4月27日決定)を得た上で、「三菱樹脂による本採用の拒否は被用者の思想・信条の自由を侵害するもの」として、雇用契約上の地位を確認する訴えを東京地方裁判所に起こした。

訴訟の争点および過程

1審の東京地方裁判所(1967年7月17日判決)、2審の東京高等裁判所1968年6月12日判決)ともに原告の訴えを認めたため、三菱樹脂が最高裁判所上告を行った(昭和43年(オ)第932号労働契約関係存在確認請求事件)。

原告の側の主張する、雇用契約における「思想・信条の自由」(憲法第19条第14条。なお、労働基準法第3条も参照)と、被告たる三菱樹脂の主張する「企業の経済活動ないし営業の自由」(憲法第22条第29条)という2つの人権が真っ向から対立する形であり、しかも、原則的には「国家」対「私人」における関係について適用されることが予定されているのが憲法の人権規定であるため、このような人権規定が私人相互間における法的紛争においてどのように適用されるか、ということを最高裁判所が判示するリーディング・ケースとして注目されたが、1973年12月12日、最高裁判所は、大法廷において、「憲法の人権規定は、民法をはじめとする私法関係においては、公序良俗違反民法第90条)、信義誠実の原則b:民法第1条)、権利濫用(同)、あるいは不法行為b:民法第709条)などの規定を解釈するにおいてその趣旨を読み込むことも不可能ではないが、人権規定は私人相互間には原則として直接適用されることはない」とし(いわゆる「間接効力説」)、その上で、「雇用契約締結の際の思想調査およびそれに基づく雇用拒否が当然に違法となるわけではない」旨の判示をしたが、一方で、本件雇用契約における留保解約権を行使できる場合についての審理が事実審において十分尽くされていないという理由で、2審の判決を破棄し、審理を東京高等裁判所に差し戻す判決を下した。

和解および後日談

その後、1976年3月11日、差戻し審である東京高裁においてこの事件は訴訟上の和解という形で決着を見ることとなったが、裁判を終えた後の会見において、原告が未だ30代半ば頃であるにもかかわらず、1963年以来、実に13年の長きにわたり大企業を相手に争った疲れからか、頭髪の色がすでに白くなっていた。彼はその後復職し、三菱樹脂の100%子会社であるメンテナンス会社「ヒシテック」の社長という地位にまで出世したが、2005年8月22日脳梗塞のため65歳で死去した。

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