スロバキアとは?

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原題:スロバキア
製作国:
製作年:
配給:シネカノン
スタッフ
監督:Martin Sulik マルティン・シュリーク
製作:Rudolf Biermann ルドルフ・ビエルマン
脚本:Ondrej Sulaj オンドゥレイ・スライ

Martin Sulik マルティン・シュリーク
撮影:Martin Strba マルティン・ストルバ
音楽:Vladimir Godar ウラジミール・ゴダール
キャスト(役名
Juraj Nvota ユライ・ヌウオタ (Tomas
Gina Bellman ジーナ・ベルマン (Ann
Jiri Menzel イジー・メンツェル (Vasek)
解説
主人公取り巻く日常の切なくも優しいたくさんの言葉モノ断片を紡ぎあわせ、スロバキアのベストフィルム・オブ・ザ・イヤーに輝いた作品監督は、チェコ巨匠マルティン・シュリーク
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
38才になるトマスバツイチ失業中で、人生一大転換期差しかかっていた。彼は好きなもののライフストーリーを収集していたが、完成させる気力がない。そんな彼を、イギリス人恋人新し世界へといざなうが�1992


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スロバキア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 04:45 UTC 版)

スロバキア共和国(スロバキアきょうわこく)、通称スロバキアは、中央ヨーロッパ共和制国家。首都はブラチスラヴァ。北西にチェコ、北にポーランド、東にウクライナ、南にハンガリー、南西にオーストリアと隣接する。

古代にはサモ王国・モラヴィア王国として独立を保った期間もあったが、この地のスラブ人は1000年間少数民族としてハンガリー王国の支配下にあって、ハンガリーにとっても歴史的に重要な地域であり、多くのハンガリー人の出身地、ハンガリー貴族の発祥地でもある(元来スラブ系で、ハンガリー文化に同化した者も多い)。

第一次世界大戦オーストリア・ハンガリー帝国からチェコと合併するかたちで独立し、その後幾らかの変遷を経て、1993年1月1日にチェコスロバキアから分離独立し現在に至る。

目次

国名

正式名称はスロバキア語で Slovenská republika。通称 Slovensko(スロヴェンスコ)。

日本語の表記はスロバキア共和国。通称スロバキア

スロバキアの語源はスラヴ (Slav) であり、これはスロベニアと同じである。そのため似たような国名になっている。

歴史

古代

ケルト人が先住民であるが、1世紀ごろゲルマン人が、この地を支配した。5~6世紀ごろにスラブ人が移住して来、9世紀には、大モラヴィア帝国を創り上げた。

大モラヴィア王国

9世紀に現在のスロバキア、モラヴィアボヘミアシレジア地方に大モラヴィア王国が成立。スロバキアでは大モラヴィア王国がスロバキア人による王国であると主張する者もいるが、歴史学的には証明できる事実ではない。又この地域のスラブ人が現在のように簡単にチェコ人スロバキア人などと言うように分類できない面があった。

ハンガリー王国

10世紀になるとマジャル人の侵入を受け、ハンガリー王国が成立すると、この地域は北部ハンガリーと呼ばれ、ハンガリーの一地域として扱われるようになる。ただしハンガリーに比べてスラヴ人の多い地域であった。更にオスマン帝国がハンガリーに侵入するとブラチスラヴァ(ポジョニー)にハンガリー王国の首都が移され、ハンガリーにとっても北部ハンガリーは重要な地域と見なされるようになった。この首都移転は北部ハンガリーの人口バランスを狂わせるもので、増加したマジャル人に対して北部ハンガリーのスラヴ人の反感は高まった。19世紀の中ごろに周辺のスラヴ人が民族主義の流れからクロアチア人(クロアチアのスラヴ人から)、ボヘミア人(ボヘミアのスラヴ人から)と呼び名を変えて行く中で北部ハンガリーでは自らの地域・北部ハンガリー地域のスラブ語に転化したスロバキアと名づけ、自らをスロバキア人、自分達が話す言語をスロバキア語であると主張するようになった。またこの頃、勢力の大きいマジャル人に対して、チェコ人(チェック人)とスロバキア人の連合が主張され始めるようになった。

チェコスロバキア独立

オーストリア・ハンガリー二重帝国体制下においてはチェコ、スロバキアは共に連邦国家構想を支持していたが第一次世界大戦の終了と共にオーストリア・ハンガリー帝国は崩壊。1918年、独立運動の指導者トマーシュ・マサリクは、チェコスロバキアは民族自決の対象となる単一のチェコスロバキア人国家として独立を宣言した。更にハンガリーに侵入して北部ハンガリーのほとんどの地域をハンガリーから収奪した。これが現在のスロバキア国家の基本的な領土となっている。しかしこの行動はハンガリー等で領土回復運動が高まるきっかけとなった。

独立スロバキア(1939年-1945年)

共産党体制下のチェコスロバキア(1945年-1989年)

民主化から連邦解体へ(1989年-1992年)

スロバキア共和国(1993年-)

ファイル:European flag in the wind.jpg
スロバキアは2004年、EU加盟国となった。

政治

スロバキア国民議会で1992年に採択され、翌年1月の連邦制解消とともに発効した新憲法は、スロバキアを議会制民主主義国家と規定している。

国家元首は任期5年の大統領で、現在イヴァン・ガシュパロヴィッチが務める。当初は議会により選出されていたが、1999年に直接選挙による選出となった。2009年大統領選挙では、決選投票で現職のガシュパロヴィッチが中道右派政党統一候補の元労働・家庭・社会問題相イヴェタ・ラジチョヴァーを破って再選された。

立法府であるスロバキア共和国国民議会は任期4年、定数150の一院制。首相は国民議会の獲得議席数が最も多い政党から大統領が指名し、与党が議席の過半数を占めることができない場合は、改めて次点の政党から指名する。

2010年国民議会選挙では、中道左派政党のスメル(方向)・社会民主主義(SMER-SD)が議席数を伸ばして第一党の座を維持した一方、連立を組んでいた民族主義政党のスロバキア国民党(SNS)や大衆政党の人民党・民主スロバキア運動(ĽS-HZDS)が惨敗しロベルト・フィツォ連立政権が崩壊。SMER-SD党首のフィツォは選挙後ガシュパロヴィッチ大統領から最初に首相指名を受けたものの、過半数を占める連立政権を組むことができなかったため、第二党で中道右派政党のスロバキア民主キリスト教連合・民主党(SDKÚ-DS)選挙対策本部長を務めたラジチョヴァーが代わって首相指名を受け、中道右派の自由と連帯(SaS)、キリスト教民主運動(KDH)およびハンガリー人政党のモスト(橋、MOST-HÍD)による連立政権が発足した。




スロバキア共和国
Slovenská Republika
スロバキアの国旗 スロバキアの国章
国旗 国章
国の標語: なし
国歌: 稲妻がタトラの上を走り去り
スロバキアの位置
公用語 スロバキア語
首都 ブラチスラヴァ
最大の都市 ブラチスラヴァ
政府
大統領 イヴァン・ガシュパロヴィッチ
首相 イヴェタ・ラジチョヴァー
面積
総計 48,845km2126位
水面積率 0.1%
人口
総計(2008年 5,406,000人(106位
人口密度 111人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 673億[1]ユーロ (€)
GDPMER
合計(2008年 954億[1]ドル(59位
GDPPPP
合計(2008年 1,192億[1]ドル(58位
1人あたり 22,040[1]ドル
独立 1993年1月1日
通貨 ユーロ (€)(EUR[2]
時間帯 UTC +1(DST: +2)
ISO 3166-1 SK / SVK
ccTLD .sk
国際電話番号 421[3]
  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ スロバキアのユーロ硬貨も参照。
  3. ^ 1997年まではチェコと共に42。
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  1. ^ 佐藤雪野「増補スロバキア・地方行政」 『東欧を知る辞典』p797、平凡社、2001年


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