精油 抽出方法

精油

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 04:53 UTC 版)

抽出方法

水蒸気蒸留装置

精油は主に水蒸気を用いた蒸留法で抽出される。アブソリュート、エッセンスなどは厳密には精油ではないが、精油と呼ばれることもある。ここでは蒸留法以外の香気成分抽出法英語版についても説明する。

蒸留法

サンダルウッドの水蒸気蒸留、エジプト
ラベンダー農場の水蒸気蒸留装置、イギリス
  • 水蒸気を利用した蒸留法

水蒸気を利用した蒸留法には、熱水蒸留法(英:hydrodistillation 水蒸留法[32]、直接蒸留法[32]、ハイドロ式蒸留法、らんびき式蒸留法、煮だし式蒸留法)、水蒸気蒸留法(英:steam distillation スチーム蒸留法[33]、常圧水蒸気蒸留)、水拡散法[32]低温真空蒸留法(英:hydrodiffusion 減圧水蒸気蒸留法[34][33]などがある。水蒸気を利用した蒸留は古代から用いられた方法で、原理や作業も単純である。精油のほとんどが水蒸気で分離できることから広く利用された[35]。熱水蒸留法では材料植物を水と混ぜて撹拌し、これを蒸留器(アランビックらんびき)に入れて沸騰させる[32]。植物を煮るため、エステルなどの化合物は分解される[36]。熱水蒸留法は、ローズオットーの抽出などに用いられる[36]。水蒸気蒸留法では、植物に下から蒸気を吹きかける[32]。精油の製造で主に利用されるのはこの方法である[36]。熱水蒸留法・水蒸気蒸留法では、精油成分を含む蒸気は蒸留器上部から伸びる水冷管で冷却し、精油と水蒸気は別の容器に集められる[35]。精油は疎水性であるため、水と分離している。(詳細は「水蒸気蒸留」を参照。)水拡散法は水蒸気蒸留法とほとんど同じやり方だが、冷却水を節約するために、上記の吹き出し口が蒸留器の上部に、凝縮器への排出口が下部にある[32]。これら蒸気を用いた方法は、100℃以上の熱がかかるので、熱により香りが変質する精油の採油方法としては適切でない。

真空低温蒸留法は近年開発された新しい方法で、植物内の浸透圧で遊離した油分を低温(70- 80℃)・低圧(0.1バール)で蒸留する[33]。低い温度で蒸留できるため、従来の方法より良質の精油を得ることができる[34]

抽出時間が短いほど香りのよい精油が得られ、長くなるほどグレードは下がる[2]

これらの方法では、蒸留後の蒸留水に水溶性の芳香物質が微量に含まれており、芳香蒸留水ハイドロゾル、フローラルウォーター)と呼ばれる。含有する精油成分は微量であり、芳香蒸留水の香りは精油とかなり異なる場合もある。バラ精油のように生産にコストがかかるものの場合、芳香蒸留水は蒸留装置に戻されたり、溶剤抽出法を使うなどして、水溶液中の精油も回収されることが多い[2]

  • 高温乾留法(英:Dry/destructive distillation)

分解蒸留法乾燥蒸留法[35]乾留とも。蒸溜装置の中に網を張って、その上に材料植物を載せ、乾燥した高温空気を下から通す方法。香りの成分が膨張して分離・蒸発し、容器上部の冷却管を通って冷却され、集められる。熱水蒸留法では精油成分に加水分解が起こるため、乾燥した状態のままで精油を抽出する方法として考案された[35]松根油の抽出などに利用される。(詳細は「乾留」を参照。)

  • 分別蒸留法(英:Fractionation distillation)

分離蒸留法部分蒸留法分留とも。抽出された香気成分を、さらに細かく分離する方法。精油からテルペンを分離すること(精油の脱テルペン化)などに用いられる。(詳細は「蒸留」を参照。)

  • 低温真空抽出法

21世紀に日本で開発された新しい抽出法で、溶剤や水を利用しない。真空ポンプでタンク内を減圧状態に保ち、マイクロ波で植物を加熱する。蒸発した植物中の有用成分を冷却凝縮器で液体に戻し、回収器で集める[37]。有効成分を低温・短時間で抽出でき、有用成分の回収率・品質が高く、オール電化で操作も簡易である[36]。ハイドロゾルの作成も可能である[37]

アンフルラージュ

アンフルラージュは、油脂に花の芳香成分を溶解させる古くからある抽出法。

脱臭した固形の動物性脂肪(通常は精製した豚油[38])に花びらなど香料植物を置いて香気成分を溶解させたのち、エタノールで精油のみを脂肪から抽出する。香気成分を含む脂肪はポマードといい、これをデカンタにかけて分離させ、取り出してエタノールと混ぜる[35]。エタノールによって抽出された精油はエキストラクト(エキス)[要出典]、さらにそこからエタノールを蒸発させて除去したものはアブソリュートと呼ばれる。(アンフルラージュだけでなく、溶剤抽出法、超臨界流体抽出法などで最終的に得られた香料もアブソリュートと呼ぶ。)ジャスミンチューベローズ(月下香)など、摘みとった後も香りを失わない花に用いられた[35]。冷浸法では熱による変質の無い非常に高品質な精油が得られるが、コストが高く収油率が低いため、現在ではほとんど行われていない。溶媒抽出法の理論のベースになっている[2]

熟成法とも。冷浸法とほとんど同じやり方だが、成分の純度を高める作業が高温で行われる。バラオレンジの花のように、摘みとった後に香りが失われる花に利用された[35]

溶媒抽出/浸出法

ジャスミン・アブソリュート。ある程度の色素を含むため、色がついている。

浸出法は、フランス語でマセラシオン(Macération)、英語でマセレーション(Maceration)[39]

溶剤抽出法液液抽出法(英語:Liquid‐liquid extraction)とも。分離する2種類の溶剤を用いた抽出法で、芳香成分を揮発性溶媒に溶かしだして抽出する。19世紀終わりに誕生した[6]。木や地衣類、根は粉砕して、花・葉・樹脂はそのままの形で利用する。材料を溶剤(溶媒石油エーテルヘキサンエチルアルコールなど)に浸し芳香物質を溶かし出した後、コンサントラーに入れて溶剤を気化させると、芳香物質を含むワックス状の塊コンクリートが残る。これをエチルアルコールと共に撹拌して凍らせ、濾過すると、香気成分を含むアルコールと非混和性の植物の蝋が残る。その後アルコールを気化させると、アブソリュートと呼ばれる精油に近い物質が得られる[6]。水蒸気蒸留法より多くの香気成分を抽出できる場合が多い。また、低い温度で抽出するため、水蒸気による加水分解がなく、材料植物そのものに近い香りを得ることができ[6]バラジャスミンなどの繊細な香りの花に利用される。ある程度の色素が含まれ、ワックス、溶剤が残留していることが多い。柑橘系精油の抽出法は低温圧搾法が知られるが、主な抽出法はそれではなく、柑橘製品の副産物として溶媒抽出法で生産されている[2]

  • 超臨界流体抽出法(英:Supercritical fluid extraction)

二酸化炭素抽出法[2]とも。液体の二酸化炭素には強い溶解力があるため、超臨界流体の状態にして芳香成分を溶かし出して抽出する方法で、1970年代後期に開発された。カフェインレスコーヒーを作る方法と同じものである。二酸化炭素に200気圧という高い圧力をかけ超臨界状態にし、この中に植物を入れておき芳香成分をその中に拡散・浸透させる。その後圧力を抜き流体を気化させると芳香成分だけ残る。低温で瞬間的に抽出ができ、熱による成分の変質がなく、材料植物そのものに近い香りが得られる。二酸化炭素を用いるため、精油成分に化学的な影響を与えたり、溶剤抽出法のように溶剤が残るおそれもなく、公害物質を出すこともない[6]。高い気圧をかけるため多額の設備投資が必要だが、食品業界では最もよく利用される抽出法である[2]。この方法で抽出した精油はアブソリュート(Abs.)CO2エキストラクト[要出典]と呼ばれる。

  • エタノール抽出法(英:Ethanol extraction)

アルコール抽出法とも。手軽な精油の利用法としては、植物をアルコールに浸し精油を溶かし出したものもあり、これはティンクチャーまたはチンキと呼ばれる。(例:ハーブチンキ、アヘンチンキ)精油成分が溶けている液体であり、薬用酒などがこの方法で作られる。

圧搾法

リモネンの構造式

圧搾法(英:Expression)は、物理的に圧力を加えて絞り出す方法で、精油の形では壊れやすい柑橘類にだけ利用される[6]この方法は、水蒸気蒸留法が確立する前から利用された[要出典]。圧搾法で抽出されたものも、厳密に分類しなければ、一応「精油」に含まれる。ただし、同じ植物原料を用いても、水蒸気蒸留法と圧搾法では、抽出された精油の成分組成は全く異なる。

柑橘類は、果皮の色のついた部分にあるオレイフェール細胞に精油を含有しているので、果皮に圧力を加えて破裂させる[6]果皮を絞るスクイーズ法と果皮をおろしがねのようなもので擦るエキュエル法がある[要出典]。昔は手作業で行っていたが、現在では機械化されている。L-リモネンなどのテルペン類は熱による香りの劣化が激しいので、圧力をかける時に発生するわずかな熱による変性を防ぐため、冷却しながら圧搾処理(低温圧搾法、コールド・プレス)を行う。この抽出物には水が含まれるため、ジュースパルプも共に遠心分離器にかけて(または上澄みを取って)水と分離する。得られた抽出物はエッセンスと呼ばれる[6]。(これはオリーブオイル抽出英語版と似た方法である。)他の抽出法に比べて不純物を含むため、品質の劣化が早い。柑橘系の精油は化学的に不安定であり、通常ブチルヒドロキシトルエン(BHT)やブチルヒドロキシアニソール(BHA)などが酸化防止剤として添加されるため、100%天然の精油というのは考えにくい[2]。ワックスや色素などの不揮発性成分が含まれ、光毒性のあるフロクマリンを含む場合も多い。フクロクマリンが除去されたFCF精油も生産されている[2]


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