精油 品質

精油

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 04:53 UTC 版)

品質

ガスクロマトグラフィー

分析

ガスクロマトグラフィーで3種類の物質を分析した場合の典型的な結果例。横軸が保持時間(retention time)、縦軸が検出電圧。三角形部の面積が検出された物質の量となる。

1950年代にガスクロマトグラフィーが誕生し、複雑な揮発性の混合性の分子を分離できるようになり、1960年代には質量分析器と対にして利用され、精油の成分が識別できるようになった[6]。他には、旋光性比重屈折率などの物理的な分析、赤外分光法酸化、エステル価の測定などの科学的分析がある。ただ、ガスクロマトグラフィーや質量分析器は、どんなに感度が良くても、化学的に天然のものと同じであれば、合成香料を検出することはできない[2]。人が実際に香りを嗅ぐ官能試験も行われる[40]

規格

世界

精油製品は、ヨーロッパにおける信頼性の高いの規格として、フランス規格化協会Association Française de Normalisation、略称AFNOR)による規格があり、いくつかの精油については標準的化学組成を示したモノグラフを発行している[30]。電気分野を除く工業分野の国際的な標準を策定する国際標準化機構(International Organization for Standardization、略称: ISO)でも精油の国際的な規格が定められており、これはフランス規格化協会の基準を受け入れている[40]。TC54という委員会が包装、状態、保管、サンプリング、旋光度の測定、組成などを評価している。精油の組成成分類の各量が基準に合わない場合、または天然精油に存在しない成分があった場合に、基準に合わない精油と見なされる[40]。ただし、基準に合致しても100%天然であると保証されるわけではなく、100%天然であっても、組成成分が基準に合致しなければ規格外と判断される。

精油の成分は植物の種類だけでなく、生育の程度、場所、採取された季節、天候によっても大幅に異なるが、国際標準化機構(ISO)が成分組成の基準に合わせるために、収穫時期・場所の異なる精油、他の植物精油や合成成分のブレンドが行われることがあり、ISOの基準が精油の加工の一因になってしまっている[2]

他に、芳香材料研究所(RIFM、香粧品香料原料安全性研究所[41]とも)、国際香粧品香料協会(IFRA)、イギリス薬局方BP)、ヨーロッパ薬局方英語版(EP)、アメリカ薬局方英語版(USP)、国際精油&香料貿易協会(IFEAT)などの規格もある[30]。また、ほとんどの精油は、アメリカ食品香料製造者協会英語版(FEMA)から安全食品認定(GRAS)を、アメリカ食品医薬品局(FDA)から食用承認を受けている。食用認証を得ている精油、つまりほとんどすべての精油は、動物実験で毒性が確認されている[2]

イギリスでは、精油供給業者が製品安全データシート(MSDS)を提供することが法的に義務付けられている。標準的に次の事項が表示される。

  • 官能試験の要約
  • 植物の名前と生息地
  • クロマトグラフィー/質量分析器(GC/MS)の結果(主要ピーク)
  • 比重
  • 屈折率
  • 旋光度
  • 引火点

日本

薬効・効果が認められたウイキョウ油、オレンジ油、桂皮油、丁子油、テレピン油薄荷油、ユーカリ油が日本薬局方に収載されており、医薬品として扱われる[42]。これらの精油を含むものは医薬品とみなされるが、含有する濃度が低い場合、化粧品への配合が許されるときがある[43]。日本薬局方に収載されたもの以外で、化粧品の範疇にも入らず医薬品的効能も謳わない精油は、高濃度の芳香成分・薬効成分を含むにも関わらず雑品扱いであり、販売・輸入に規制は存在しない[44][45]

公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)が、表示基準適合精油の認定制度を設けている[46]。これは同協会の法人正会員のみを対象にした認定制度で、次の3項目を認定条件とし、「精油のブランド」を認定する制度である[47]。精油の表示に対する認定制度であり、品質に関しては認定基準に含まれず、表示が十全であるかが基準となっている。

  • 精油商品に、定められた「精油製品情報」が整っていること:ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(生産地)または原産国(原産地)、内容量、発売元または輸入元
  • 精油商品に、定められた「使用上の注意事項」が明記されていること
  • 協会が求める「企業モラル」を遵守する旨の「確認書」を提出すること

成分組成に関する規格はなく、クロマトグラフィー/質量分析器(GC/MS)の結果の提出などは行われず、100%天然であることを保証するものではない。

グレード

精油製品には次の3つのグレードがある[30]

  • インダストリアルグレード:産業用に使用され、合成香料が含まれる。
  • 100%ピュア&ナチュラルグレード:合成香料は含まれないが、残留農薬についての保証はない。
  • オーガニックグレード:有機栽培された香料植物から採取され、残留農薬は含まれない。アロマテラピーで利用される。ヨーロッパでは、フランスの国際有機認定機関ECOCERTによる認証がある。有機栽培では農薬を使わないため、生産性が減少しコストが上がる。付加価値はつくが、通常の3倍の値段で販売できたとしても、オーガニックグレード精油は実際より過剰に出回っていると考えられている[2]。オーガニックグレードは食品や化粧品業界の需要はあまりなく、需要はアロマセラピストの小さな市場に限られている。100%ピュア&ナチュラルグレードとオーガニックグレード精油の組成に違いはなく、オーガニックグレードには残留農薬が含まれてないはずだが、相当量のサンプルを提供しない限り、残留農薬の有無を判断することは難しい[2]

医療グレード、メディカルグレード、セラピーグレードなどという通称もある。これらの呼称は、医療に用いるほど高品質な精油であると主張する際に使用されるようだが、このような基準があるわけではなく、単なる造語にすぎない[48]

加工・規格化・偽和

ほとんどの精油は、食品添加物や香水として利用する際にはアルコールで希釈する必要があり、アルコールに溶けやすくし、劣化や不溶沈殿物を防ぐために、脱テルペン処理が施される[2]。不快な臭いの元や毒性成分を取り除く処理も行われる。水増しや品質を良く見せるため、規格に合わせるために、合成物質の添加、ブレンディングなどの偽和も広く行われている。

精油の流通量は生産量を大きく上回っており、天然の精油に、別の安価な精油や合成物質を加え、様々な溶剤で偽和する偽装行為は広く行われている。偽和とは、1種類以上の粗悪な成分の添加などを行い、製品の基準を下げる行為と解釈されている。規格化、成分補強、液体化、成分再構成(天然精油と似た香りを化学的に再現すること)、営利化(水増し)が行われ、ラベルと違う学名の精油が販売されることもある。真正ラベンダー油の名でラバンジン油が、サンダルウッド油の名で合成香料サンタルが販売された例もある。ヨーロッパ薬局方に記載された精油で、薬局等で販売されているものを成分分析したところ、その品質は許容範囲を超えた物であったという報告もある[2]

フランスにおける真正ラベンダーの生産量は、1967年の87トンから1998年には12トンと減少しているが、この期間でラベンダー油の世界需要は100倍に増加している[40]。生産量と流通量の差分は、偽和によって水増しされた精油によって賄われている。長年精油で偽和が行われてきたことで、皮膚炎や皮膚感作の発生率が上昇している。無害と考えられる精油も、人によって毒性が発現しているが、偽和に用いられた成分による免疫感作の可能性が高い。職業病としてアロマセラピストの皮膚炎も増加している[2]


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  12. ^ 感作物質 sensitizer 日本化粧品技術者会
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