漆 日本国内の需給

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/07 02:26 UTC 版)

日本国内の需給

日本国内の漆の生産量は、需要量の1%程度でしかなく、残りは中国からの輸入により賄われている。その輸入量も1990年前後が300トン以上であったのに対し、2007年以降は100トンを切る傾向にある。日本国内の生産地は、現在生産量で見ると約7割が浄法寺漆に代表される岩手県産、約2割が茨城県産、約1割が栃木県産となっている。漆生産の場では、漆かき職人が減少し続けており、今後、文化財の修復に必要な国内産漆の確保に支障が生じることから後継者の育成が課題となっている[6]

漆とかぶれ

生の漆が肌につくとかぶれるが、これはウルシオールによるアレルギー反応である。ウルシオールのアレルギーを持つ人は、漆の木の近くを通過しただけでもかぶれることがある。果物のマンゴーウルシ科の植物で、人によってはかぶれる事がある。かぶれの程度と症状は、人によって実にさまざまである。初めは漆が付着した部分のみであるが、掻いたり刺激することで徐々に蔓延し、ひどい場合には全身にまで広がる。効果のある薬剤などは今のところなく、漆に触れないことが重要である。漆職人など業務上漆を扱う必要がある者の間では、漆のかぶれには耐性が生じることが経験的に知られている。そのため、新規入門者には漆をなめさせるなどして重度のかぶれを人為的に経験させる対処法が伝統的に存在する。

漆器ではかぶれることは無いが、まれに、作られて間もない場合、かぶれる事もある。これは重合され残ったウルシオールが揮発するためである。十分に重合が進んでいれば、かぶれることはない。

漆にかぶれた場合は、ワラビの根を煎じた汁、煮た沢蟹の汁、硼酸水などを患部に塗る民間療法がある。

漆にまつわる歴史・伝承

漆の利用史

日本列島における漆の利用は縄文時代から開始され、土器の接着・装飾に使われているほか、木製品に漆を塗ったものや、クシなど装身具に塗ったものも出土している。漆製品は縄文早期から出土し、縄文時代を通じて出土事例が見られる。2000年に北海道函館市で実施された垣ノ島遺跡の調査で、出土した漆塗りの副葬品が約9000年前に作られたものであったことが明らかになった。これが現在、世界最古の漆塗り製品である[7]弥生時代の遺跡からは漆製品の出土は少なく、塗装技術も縄文段階と異なる簡略化されたものが多い。弥生時代からは武器への漆塗装が見られ、古墳時代には皮革製品や鉄製品などへの加工も行われている。古墳時代に至るとを漆で塗装した漆棺の存在も見られる。

古代には漆容器の蓋紙に廃棄文書を転用することが行われているが、漆の浸潤した廃棄文書は漆紙文書と呼ばれる。漆紙文書は土中においても遺存しやすくなり、木簡墨書土器と並ぶ出土文字資料として注目されている。

奈良時代には漆製品も存在し、良質な漆液を用い手間をかけて製作した堅地漆器は貴重品として貴族階級が用い、一方で漆の使用量を減らし炭粉渋地(炭粉・柿渋を混ぜた下地)を用い大量生産された普及型漆器は庶民が用いたが、漆絵蒔絵で装飾したものも見られる。

中世には林産資源のひとつとして漆の採取が行われており、甲斐国では守護武田氏が漆の納入を求めている文書が残され(永禄3年武田家朱印状「桑原家文書」『山梨県史』資料編4(県内文書)所載)、『甲陽軍鑑』では武田信玄織田信長に漆を贈答した逸話が記されている[8]

漆塗起源の伝承

『以呂波字類抄』に、日本における漆塗の起源として次のような話が載っている。

倭武皇子(やまとたけるのみこ)は、宇陀の阿貴山で猟をしていたとき大猪を射たが、仕留めることができなかった。漆の木を折ってその汁を矢先に塗って再び射ると、とどめを刺すことができた。そのとき汁で皇子の手が黒く染まった。部下に木の汁を集めさせ、持っていた物に塗ると美しく染まった。そこでこの地を漆河原(現在の奈良県宇陀市大宇陀嬉河原(うれしがわら))と名附け、漆の木が自生している曽爾郷に漆部造(ぬりべのみやつこ)を置いた。

即身仏と漆

自分自身のミイラを仏像、すなわち即身仏とした修行者達は身体の防腐のために予めタンパク質含有量の少ない木の実のみを食する「木食」を行うと共に、「入定」(死して即身仏となること)の直前に漆を飲んでその防腐作用を利用したという。[要出典]


注釈

  1. ^ ウルシ科の落葉高木、ビルマウルシ。学名: Gluta usitataシノニム: Melanorrhoea usitata)、ビルマ語: သစ်စေးIPA: /sɪʔsí~t̪ɪʔsí/[1] スィッスィーあるいはティッスィー。ビルマ語は現代語における綴りと実際の発音との乖離が激しく、ALA-LC翻字法英語版で綴り通りに転写すれば sacʻce" となるが、西欧の文献では thitsi などの表記で見られる[2]

出典

  1. ^ 大野, 徹『ビルマ(ミャンマー)語辞典』大学書林、2000年、734頁。ISBN 4-475-00145-5 
  2. ^ 熱帯植物研究会 編『熱帯植物要覧』(第4版)養賢堂、1996年、270頁。ISBN 4-924395-03-X 
  3. ^ 漆の艶に包まれて「JAPAN」と国名でも呼ばれた漆『日本経済新聞』朝刊2018年12月9日(NIKKEI The STYLE)。
  4. ^ 透明性高い漆液 福井県工技センター、パステル調可能『日本経済新聞』朝刊2018年3月13日(北陸経済面)。
  5. ^ 漆の造り方,林野庁
  6. ^ 「情報誌 林野 12月号」p5 林野庁 2017年
  7. ^ 遺跡紹介:垣ノ島A・B遺跡(函館市)”. (公式ウェブサイト). 北海道. 2016年7月21日閲覧。
  8. ^ 白水智「産業の発達と物資の流通」『山梨県史』通史編2(中世)


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