全国高等学校バレーボール選抜優勝大会 歴史

全国高等学校バレーボール選抜優勝大会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/06 13:29 UTC 版)

歴史

創設まで

本大会が始まるまで、高校バレー全国大会は夏のインターハイと秋の国体のみであり、高校選手の強化面で問題があった。

1967年7月に、全国大会は年2回までとしてきた文部省(当時)の規制が緩和されたこともあり、日本バレーボール協会前田豊副会長と松平康隆副理事長(当時)が新大会創設に奔走した[5][6]フジサンケイグループの高校野球のようなアマチュアスポーツ事業を展開したいとの考えとも一致し1969年9月、フジテレビ鹿内信隆社長と前田との初会合を経て、準備期間わずか半年で本大会をスタートさせることになった[5]

年表

  • 1970年 - 3月24日から3月29日の日程で第1回大会が開催された。試合会場は準決勝までが東京体育館、決勝が駒沢室内球技場。出場枠は日本全国を23の地区に分けて、東京地区からは男女2校ずつ、その他の地区からは男女1校ずつの、計48校であった。予選リーグの後、ベスト8によるトーナメント方式。開会式では、鹿内信隆による始球式が行われた。
  • 1972年 - この大会から男女各31校ずつ計62校。予選リーグ廃止でトーナメント方式一貫となる。
  • 1974年 - 女子・八王子実践高校が大会初の連覇をした。
  • 1976年 - 北海道が南北代表制となり出場校は男女各32校ずつ計64校。大会史上初めての男女とも同一の都道府県代表が優勝した。
  • 1979年 - 男子・藤沢商業高校が男子大会初の連覇をした。
  • 1980年 - 男子・藤沢商業高校が連続優勝記録を3に伸ばした(史上初の3連覇)。
  • 1982年 - 男子・藤沢商業が史上最多の4回目の優勝をした。
  • 1983年 - 7年振り・史上2度目の同一都道府県代表による優勝を果たした。
  • 1986年 - 男子・藤沢商業高校が史上最多の5回目の優勝。女子・古川商業高校が女子大会では第4・5回の八王子実践以来12年ぶり2校目の連覇達成をした。
  • 1989年 - この大会から1府県1代表制となり男女各51校ずつ計102校となる。
  • 1993年 - 新人賞が新設される。女子・八王子実践高校が男子・藤沢商業高校に並ぶ女子史上最多の5回目の優勝を果たした。
  • 1994年 - この大会から、大阪府・神奈川県の代表校は各2校となり男女各53校ずつ計106校となる。
  • 1997年 - 男子・鎮西高校が連覇をした。連覇達成は第16・17回の女子・古川商業以来、11年ぶり。男子としては藤沢商業高校以来、17年ぶり2校目。
  • 1998年 - 女子・四天王寺高校が、第16・17回の古川商業高校以来、12年ぶり3校目の連覇達成。
  • 1999年 - 男子・岡谷工業高校が男子大会として2年ぶり史上3校目の連覇達成。
  • 2000年 - 男子・岡谷工業高校が20年ぶり史上2校目、公立校では初の3連覇を達成した。ラリーポイント制導入。
  • 2002年 - 女子の決勝はメグ・栗原恵(三田尻女子)VSカナ・大山加奈(成徳学園)の対決で話題になった。
  • 2003年 - 女子大会で東京の成徳学園が、第28・29回の四天王寺以来、5年ぶり4校目の連覇達成
  • 2004年 - 21年振り史上3回目の同一都道府県代表校による優勝。同一市町村(佐世保市)での優勝は初。
  • 2006年 - 男子・深谷高校が男子大会としては7年ぶり史上4校目の連覇達成。
  • 2007年 - この年は、全国大会会場の代々木第一体育館がアスベスト除去工事のため、さいたまスーパーアリーナを主会場にした(いわゆる2008年高校総体リハーサル大会になる)。それに伴い、埼玉代表校は開催地枠により従来の1校から2校に増える(男子は深谷高校の前回優勝枠で実質3校)。また東京都代表校は従来の3校のまま維持され、出場校は男女54校ずつ計108校に。競技日程は通常より一日繰り上げ、3月19日から25日まで行われた。
    • さいたまスーパーアリーナにおける大会は2007年のみで、2008年以降は再び代々木第一体育館で行う。出場校も男女53校ずつ計106校に戻る。
  • 2008年 - 男子・東亜学園高校が2年ぶり史上5校目の連覇達成。
  • 2009年 - 女子・東九州龍谷が、第33・34回の成徳学園以来6年ぶり史上5校目の連覇達成。
  • 2010年 - 3月開催の最終回。新大会移行に向けた措置として、北海道代表校は、従来南北に地区を分けていたものを1つに統合、神奈川や大阪同様男女とも優勝校と準優勝校の各2校が出場権を得た。また、女子・東九州龍谷が女子大会として史上初の3連覇達成。

  1. ^ 通算記録(出場・優勝回数他)はインターハイ時代の「全国高校選手権大会」のものを引き継ぎ、選抜優勝大会のものは加算しない
  2. ^ 国立代々木競技場が全日本バスケットボール総合選手権大会の開催(第1・2体育館とも)で押さえられているため。但し選抜優勝大会時代も初期のころは東京体育館(及び首都圏の複数個所のサブ会場)で行われていた
  3. ^ 引退試合が全国高等学校選手権大会予選・本戦開催時まで延長される。
  4. ^ ただし、旧特別協賛のコカ・コーラボトラーズは引き続き協賛社として大会運営に携わり、コカ・コーラアクエリアスを公式飲料として提供する
  5. ^ a b 月刊バレーボール」、日本文化出版、2009年2月号 56ページ。
  6. ^ 【男子バレー】春高バレー、ジャニーズとのコラボ…松平康隆のメディア戦略|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト
  7. ^ 旧称・大商大付=1992年校名変更。
  8. ^ 旧称・博多女子商。
  9. ^ 旧称・帝国女子。
  10. ^ 旧称・成徳学園。
  11. ^ 旧称・三田尻女子。
  12. ^ 旧称・扇城。
  13. ^ 旧称・古川商。
  14. ^ サンケイ新聞(大阪本社版)、1975年3月25日、スポーツ面。
  15. ^ 当時JスカイB設立の経緯からフジテレビが資本参加していたため(現在は資本撤退)
  16. ^ 香川県とのエリア統合以前のNET→テレビ朝日系とのクロスネット時代は、試合により遅れネットや未放送の場合もあった。その時期の香川県側の中継担当は不明。
  17. ^ 1975年3月24日3月31日中国新聞、3月31日読売新聞岡山県版・広島県版テレビ欄より。
  18. ^ TBS系列局の長崎放送が、朝日新聞社との資本関係が強かったことが影響した。
  19. ^ 毎日放送が中継していた春の選抜高校野球(1975年3月までNETテレビ系列)の扱いについては不明。
  20. ^ 過去には秋田県(秋田テレビ)・長野県(長野放送)など、夏の高校野球の県大会では県内の他局(主に先発の日本テレビ系列またはTBS系列局)やNHK(主に準々決勝または準決勝以降)と並列で(1回戦など試合数の多い段階は、他局と別カードを放送する形で)フジテレビ系列局が中継した地域もあった。






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