ベンガル語 ベンガル語の社会における位置づけ

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ベンガル語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 18:30 UTC 版)

ベンガル語の社会における位置づけ

バングラデシュ

国語化運動に殉じた者を悼む記念碑、ショヒド・ミナールのレプリカの一つ

現在のバングラデシュは、イギリスからの独立時、パキスタン領東ベンガル(東パキスタン)として出発した。1947年から1971年のパキスタン統治下では、政府の主導権を握った西パキスタン側が、ウルドゥー語を唯一の公用語としようとしたのに対し、ベンガル語を東ベンガルの民族的アイデンティティの中心とみなした東パキスタンでは、強い反対の声が上がった。1948年にパキスタン総督のムハンマド・アリー・ジンナーダッカでウルドゥー語の単一公用語化を推進する発言を行ったことで、この反発はさらに強まった[35]1950年から1952年にかけて行われたベンガル語運動では、1952年2月21日にベンガル語を公用語とすることを求める言語活動家と学生のデモとパキスタン軍が武力衝突するまでに至った[36]。現在この日は「ベンガル語公用語運動の日」としてバングラデシュの公式の祝日となっている[37]が、バングラデシュの提唱によって1999年国際連合がこの日を「国際母語デー」に制定し、国際デーにもなっている[38]

1956年に制定されたパキスタン憲法では国語をウルドゥー語とベンガル語の二言語制にするなどの譲歩も行われた[39]ものの、その後もこの対立は続いた。1961年5月19日には別の衝突があり、ベンガル語とアッサム語の軽視に抗議したデモ隊と警官隊が衝突、11人の死者を出した。これは運動を激化させた。その後も東パキスタンではベンガル語の公用語化を主張する運動が続き、やがてこれは西パキスタンからの独立運動へと進んでいき、バングラデシュ独立戦争第三次印パ戦争へとつながっていった。その結果、1971年パキスタンは東ベンガルからの撤退を余儀なくされ、バングラデシュは独立を達成した。独立したバングラデシュにおいては国民の大半が使用するベンガル語が公用語に指定された[40]

独立後のバングラデシュでは公的初等教育の教育言語をベンガル語としたため、英語で教育を受けるエリート層やアラビア語やウルドゥー語で教育をおこなう一部のマドラサを除き、ほとんどの児童がベンガル語で教育を受けている[22]。ベンガル語はベンガル人意識と強く結びついているが、現代バングラデシュのナショナリズムと直接的に結びついているわけでは必ずしもない。これは、バングラデシュのナショナリズムにおいて、民族的ベンガル人を主体とし宗教を重視しない「ベンガル・ナショナリズム」と、民族・宗教にかかわらずバングラデシュ国民をその主体とする(ただし、実態としてはムスリムとしての意識に基礎を置くため宗教に重きを置く)「バングラデシュ・ナショナリズム」との対立があるためである[41]

インド

インドは1956年に同一言語使用地域を一つの州として再編成する「言語州」と呼ばれる政策に基づいて州再編を行ったが、ベンガル語使用地域はすでに大まかにはまとまっていたため、従来の州境はほぼそのままとされた。言語州化された各州内においては州公用語が優先的に使用される傾向にあり、このため西ベンガル州やトリプラ州においてはベンガル語は教育などで広く使用されているが、両州ともに言語の混在地域や州として分離していない別言語使用地域が存在しており、これらの地域においては反発が根強い。2017年6月には西ベンガル州北部のダージリン市周辺において、ベンガル語履修を義務付ける決定に対しこの地方に多く居住するネパール人(ゴルカ人)が反発し、決定撤回とネパール人による新州「ゴルカランド」創設を求めて大規模なゼネストが行われて緊張が高まり、ダージリン・ティーの生産が止まったりダージリン・ヒマラヤ鉄道の運行が停止するなど、大きな影響が出た[42][43][44]。この問題は同年9月27日にストが中止されゴルカ人側と政府が協議に入ることで収拾された[45]


注釈

  1. ^ 本来「バングラデシュ」とはベンガル語話者が住むベンガル地方全体を指す語であった。

出典

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