スクールカースト
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スクールカーストの構造
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現代の学校空間では、クラス内にいくつかの友達同士のグループが形成され、それらの内部で活発に交流が行われるだけで人間関係が完結する現象がみられる。社会学者の宮台真司は、教室内に限らず若者のコミュニケーション空間全般で発生しているこの変容を「島宇宙化」と呼び[25][26]、分断された各グループ(島宇宙)は優劣のつけられない横並びの状態になっており[27](フラット化[28])、異なるグループ間でのつながりが失われたと論じた[29]。これについて本田や評論家の荻上チキは、分断化自体は認めながらも[注 1]、教室内の各グループは等価な横並び状態にあるのではなく序列化(上下関係の付与)が働いていると述べている[30][31]。この序列はスクールカーストと呼ばれ、精神科医の和田秀樹は、現代の若者は思春期頃に親から分離した人格を得て親友をつくっていくという発達プロセスを適切に踏むことができていないため、同じ価値観を持つ親友同士からなる教室内グループを形成することができず代わりにスクールカーストという階層が形成されたのだとしている[32]。スクールカーストでは、上位層・中位層・下位層をそれぞれ「一軍・二軍・三軍」などと表現する[33]。基本的には、一軍=陽気でリーダー格の生徒、二軍=中間的で好成績な生徒、三軍=オタク系で地味な生徒といったイメージが強い。また、「無所属」といったチームも存在する。
一般にイメージされるカースト構成の要因
一般的なイメージとしては、以下のようになる[35]。
- 恋愛・性愛経験 - 豊富なほど上位
- 容姿 - 恵まれているほど上位
- ファッションセンス - 優れているほど上位
- 場の空気 - 読めたり支配できたりするほど上位
- 趣味・文化圏 - ヤンキー・ギャル系(繁華街で遊び慣れているなど)は上位[36]、オタク系は下位
- 自己像[注 2] - 自分探し系は上位、引きこもり系は下位[38]
- 部活 - サッカー部や野球部等の、花形部活のレギュラーはカーストトップ。文化部は下位、卓球部は運動部ながらも下位になることも多い[39][40][41]。
コミュニケーション能力
森口によれば、スクールカースト上での位置決定に影響する最大の特性はコミュニケーション能力である[注 3]。クラス内でのステータスの上下関係自体は以前からあったものの、それは運動神経や学力が大きく関係したものであり、そうではなく判断基準がほとんどコミュニケーション能力に依存している点がスクールカーストの新しい点であるといえる[42]。ここでいうコミュニケーション能力とは、具体的には「自己主張力(リーダーシップを得るために必要な能力)」「共感力(人望を得るために必要な能力)」そして「同調力(場の空気に適応するために必要な能力)」の3つを指す[43]。
精神科医の和田秀樹によれば、コミュニケーション能力の有無に偏重したスクールカーストという序列が発生した背景には、学業成績の相対評価を廃止するなど生徒に対する序列付け自体を否定するような過剰な平等主義があり、「学業成績」「運動能力」といった(努力で挽回可能な)特性によるアイデンティティを失った子供たちは「人気(コミュニケーション能力)」という(努力で挽回不可能な)特性に依存した序列付けを発生させてしまったのだという[44]。
カーストの規定要因については、本田が統計分析を用いて具体的に研究している(後述)。スクールカーストとコミュニケーション能力の関係について、中高生の交友関係を研究している鈴木翔は、「自分の意見を押し通す」能力とスクールカーストの高低には相関関係があるものの、「友達の意見に合わせる」能力とスクールカーストの高低にはあまり相関がみられないという統計に注目している。この事実からは、コミュニケーション能力の高い者がカースト上位になるのではなく、カースト上位の立場を利用して他人に自分の意見を強引に押し付けることができるようになるため、結果的にコミュニケーション能力が高いと判断されているという解釈も可能となる[45]。
精神科医の斎藤環によるとスクールカーストの格差は小学校段階で発生するもののまだ目立たないが、思春期(中学校ぐらい)からは顕著にみられるようになるという[46]。大学に入ると高校までのように常に同じ教室内の生徒同士で時間を過ごすのではなく自由に講義を履修するようになるためカーストが形成されやすい環境ではなくなってゆくが、実際には(後述するいじめに発展するような熾烈な状態ではないにせよ)場の空気を読むことが強制されコミュニケーション能力が過大評価されるという高校までの環境の延長線上にあるような大学も相当数あると和田は述べており[47]、SNSでの交友関係の広さや恋人の社会的地位などによって決まるとされる「女子大生カースト」の特集が女性向けファッション雑誌で組まれたこともある[48]。
鈴木は自身の行ったインタビュー調査に基づき、小学校時代のスクールカーストと中学・高校時代のスクールカーストでは、それがどの程度強く意識されるかという程度の差だけではない異なった様相がみられると論じている。それによると、小学校の段階では生徒の地位の高低が特定の生徒の名前と結びつけて認識されているのに対し、中学以降では「(地位の高い)ギャル系」「(地位の低い)オタク系」というようなグループ単位で認識されている傾向があるという[49]。
地域差
和田によれば、スクールカーストによる階層化には地域差が存在するという[50]。スクールカースト化は人間関係の流動性が低く閉鎖的な場(いざというときに逃げられない状況)で起こりやすい現象であるため、具体的には以下のような地域ではカースト化が進みにくいと考えられる[51]。
- 学習塾への通塾率が高い地域 - 塾という学校とは別の場が用意されているため
- 中学受験への意識が高い地域 - 受験によって別々の学校に進学し友人関係がリセットされるため
- (公立中学校の)学校選択制がある地域 - 受験しなかったとしても、友人関係のリセットが行われるため
備考
注釈
- ^ ただし本田は、後述するアンケート調査で「いつも一緒の友だちグループ以外の人とは、特に仲良くしたいと思わない」という質問への否定的な回答が全体の3/4を超えたことを根拠として、自身の所属するグループの外へのコミュニケーション接続の志向も残ってはいることを指摘している[30]。荻上は、(インターネット環境の普及を背景として)全体としてある程度の棲み分けが進行する一方で、個人は単一の島宇宙にとどまるのではなく複数の島宇宙に帰属して常時接続することが求められるとして、これを「コミュニケーションの網状化」と呼んでいる[28]。
- ^ 精神科医の斎藤環は、若者の傾向をコミュニケーション能力は低いが自己像が安定的な「引きこもり系」とコミュニケーション能力は高いが自己像が不安定な「自分探し系」に大別した[37]。
- ^ 一般に社会で人間に対する評価指標がコミュニケーション能力・人間力といった抽象的なものにシフトしているということは、例えばハイパー・メリトクラシーという用語でも論じられている。
- ^ これらは「優しい関係」[57][58]・「マサツ回避の世代」[59]と表現されたりするもので、哲学者のアルトゥル・ショーペンハウアーの寓話であるヤマアラシのジレンマに相当するともいえる[60]。
- ^ いじめを「モラルの低下・混乱によるもの」「社会的偏見・差別による排除的なもの」「閉鎖的な集団内で発生するもの」「特定の個人への暴行・恐喝を反復するもの」の4つに分類した。詳細はいじめ#分類を参照。
- ^ これは森口の著述による。後述する本田の統計調査によれば、一緒に行動する友人の固定性が強いことはカースト上位を得ることにプラスの影響があるとされる[64]。
- ^ インターネット上ではなく現実の空間で行われるいじめのこと。
- ^ 「選抜総選挙」と呼ばれる人気投票(序列化)によって、「おっさんキャラの大島優子」「ギャルキャラの板野友美」といったキャラの分化が促進され、実質的には(個々のアイドルの身体性というより)それらキャラクター性がファンから消費の対象となっている[81]。詳細はAKB48#キャラクター消費を参照。
- ^ キャラ (コミュニケーション)#キャラとアイデンティティを参照。
- ^ 宇野常寛によると、いわゆる空気の読めない人は自己のアイデンティティを「…である」という固定的な自己像に対する承認によって獲得しようとするが、現実には「…した」という具体的な行動によって他者からの人物像が形成されるのであり、現代社会の流動性の高いコミュニティにおいてキャラクターは自身のコミュニケーションによって書き換え可能であるという[88]。
- ^ 荻上チキは、一般に個人が複数のキャラを持っており場面に応じてそのどれかひとつを決めてそれを演じる「キャラ分け」が行われているとしている[87][89]。
- ^ 例えば、中学時代にいじめられていた子供が、中学卒業・高校入学を機会にキャラを変更して(いわゆる「高校デビュー」)カーストの上昇を試みて成功したかに見えても、ひとたび過去の自分の姿を暴露されれば(抑圧が解放されれば)再びカースト最下層への転落を余儀なくされる、ということ[91]。
- ^ 「人気がある」「馬鹿にされている」という一見すると相反する評価を周囲が受けている「いじられキャラ」のことで、道化のように、からかわれる(=いじられる)ことによって人気を得ている[96]。「いじり」はコミュニケーション操作系いじめにつながりかねない否定的な側面も持っており、例えばスクールカーストものとして頻繁に引用される小説『りはめより100倍恐ろしい』のタイトルにある“りはめ”は、意味不明の単語ではなく、「いじり」は「いじめ」よりも恐ろしいという意味である[97]。森口朗は、スクールカーストを規定するコミュニケーション能力の3要素のうち、「同調力は高いが共感力と自己主張力が低い」ものがいじられキャラのポジションにおさまるとしている[98]。
出典
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