スクールカースト いじめとの関係

スクールカースト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/03 16:22 UTC 版)

いじめとの関係

場の空気を読んで摩擦・衝突を回避しながらポジションをさぐりあうという教室内における生徒たちの人間関係に対する緊張感を、文芸評論家の海老原豊戦場に喩えた[53]。荻上は(後述するようなキャラをコントロールしながら行うコミュニケーションの闘争を)「(終わりなき)キャラ戦争」と呼び[54]、評論家の宇野常寛も「ケータイ小説好きの女子」と「美少女ゲーム好きの男子」というように文化的トライブを異にする者同士が(場合によっては互いに軽蔑しあいながら)共存する学校教室を、ポストモダン化の進行によって複数の異なる価値観が乱立する「バトルロワイヤル状況」のミクロな意味での象徴だとしている[55](詳しくは後述)。また、社会学者土井隆義は中学生が創作した「教室はたとえて言えば地雷原」という川柳をスクールカースト的な一触即発の環境を端的に表現したものとして紹介している[56]

海老原によると、こうしたシビアなコミュニケーション環境[注 4]は、場合によってはいじめを誘発して生徒を自殺に追い込むなどの深刻な事態を引き起こす背景にもなっており[61]、もともと森口が著書『いじめの構造』にてスクールカーストを紹介したのは、教育社会学者の藤田英典による理念的ないじめの分類[注 5]に当事者間で使用されている概念を組み合わせてリアリティを補強することが目的であったという[62]

土井によると、いじめは基本的にはスクールカーストが下位のものを対象として行われるが、最上位のカーストの者が最下位のカーストの者をいじめるといった落差の大きいものはあまりなく、同一カースト内か隣接するカーストの者が対象となることが多いという[63]。生徒が形成している各グループ内部で行われるいじめについては、グループ間の移動の可能性はカースト上位ほど容易であることから[注 6]、カースト下位のグループほどいじめが発生しやすい(自分がいじめの対象となりそうな兆候があっても別グループへ離脱できないため)と森口はしている[65]

森口の論によると、いじめとカーストの関係は、いじめの加害者(被害者)になることによってカーストが上昇(下降)するという面もあり、両者は相互に干渉しあっている[66]。いじめには示威行為としての側面があるため、特にもともと多くの生徒が内心では嫌っていた相手に対して先陣を切っていじめを始めた場合などは人気の獲得によってカーストが上昇する[67]。他方、加害者側と同等以上にカーストの高い別の生徒あるいは教師などの介入によってクラスのモラルが回復した場合(いじめが恥ずべき行為であるとの意識が共有された場合)、いじめ加害者のカーストが下降することもある[68]。中立者(いじめの直接的な加害者でも被害者でもない人)が被害者の救済を試みた場合、成功すればヒーローとしてカーストの上昇が期待できるが、失敗した場合はカーストの下降の危険性(さらにそれと付随して次は自分がいじめの新たな対象となる可能性)がある[69]。また、年少者の間ではいじめが発生していることを教員に密告する(チクる)ことは、不名誉なことであるとされているため、そのことが知られればカーストは下降することになるという[69]

和田は、スクールカーストに依拠したいじめの発生を精神分析家のウィルフレッド・ビオンによる集団心理の理論によって説明している。それによれば、集団における無意識(基底想定グループ)には、集団内に自己が位置づけられることによる不安を解消するための手段として「依存グループ(リーダーに全責任をゆだねて不安から逃れる)」「つがいグループ(幸福なカップルへの期待感によって不安から逃れる)」「闘争・逃避グループ(共通敵を想定して不安から逃れる)」という3つのパターンがあるが、スクールカーストの構造は「カースト下位者」という共通の敵を設定していじめの対象とするという意味で「闘争・逃避グループ」の反応であると考えられる[70]

携帯電話インターネット環境の普及によって、例えば学校裏サイトプロフなどを舞台としたネットいじめ社会問題化しているが、荻上チキによればネット上で誹謗中傷などの対象となるのも(通常のいじめと同様に)概ねスクールカーストの下位者だという[36]。メディア社会論を専門とする岡田朋之は、加害者の特定が難しい「ネットいじめ」では「リアルいじめ」[注 7]と違って、「少数側が多数側を攻撃する」「弱者が強者を攻撃する」といったことが可能であり、現実世界でのカースト上位者の支配に納得のいかない下位者側が、反動としてネットいじめの加害者側になるケースが存在することは珍しくないとしている[71]

いじめとスクールカーストが関連して論じられることについて鈴木は、両者は同じものではなく、スクールカーストが存在することの弊害のひとつとしていじめの問題があるという関係であると整理し、いじめという文脈を外してスクールカーストを検証することも必要であると述べている[72]


注釈

  1. ^ ただし本田は、後述するアンケート調査で「いつも一緒の友だちグループ以外の人とは、特に仲良くしたいと思わない」という質問への否定的な回答が全体の3/4を超えたことを根拠として、自身の所属するグループの外へのコミュニケーション接続の志向も残ってはいることを指摘している[30]。荻上は、(インターネット環境の普及を背景として)全体としてある程度の棲み分けが進行する一方で、個人は単一の島宇宙にとどまるのではなく複数の島宇宙に帰属して常時接続することが求められるとして、これを「コミュニケーションの網状化」と呼んでいる[28]
  2. ^ 精神科医の斎藤環は、若者の傾向をコミュニケーション能力は低いが自己像が安定的な「引きこもり系」とコミュニケーション能力は高いが自己像が不安定な「自分探し系」に大別した[37]
  3. ^ 一般に社会で人間に対する評価指標がコミュニケーション能力・人間力といった抽象的なものにシフトしているということは、例えばハイパー・メリトクラシーという用語でも論じられている。
  4. ^ これらは「優しい関係」[57][58]・「マサツ回避の世代」[59]と表現されたりするもので、哲学者アルトゥル・ショーペンハウアーの寓話であるヤマアラシのジレンマに相当するともいえる[60]
  5. ^ いじめを「モラルの低下・混乱によるもの」「社会的偏見・差別による排除的なもの」「閉鎖的な集団内で発生するもの」「特定の個人への暴行・恐喝を反復するもの」の4つに分類した。詳細はいじめ#分類を参照。
  6. ^ これは森口の著述による。後述する本田の統計調査によれば、一緒に行動する友人の固定性が強いことはカースト上位を得ることにプラスの影響があるとされる[64]
  7. ^ インターネット上ではなく現実の空間で行われるいじめのこと。
  8. ^ 選抜総選挙」と呼ばれる人気投票(序列化)によって、「おっさんキャラの大島優子」「ギャルキャラの板野友美」といったキャラの分化が促進され、実質的には(個々のアイドルの身体性というより)それらキャラクター性がファンから消費の対象となっている[81]。詳細はAKB48#キャラクター消費を参照。
  9. ^ キャラ (コミュニケーション)#キャラとアイデンティティを参照。
  10. ^ 宇野常寛によると、いわゆる空気の読めない人は自己のアイデンティティを「…である」という固定的な自己像に対する承認によって獲得しようとするが、現実には「…した」という具体的な行動によって他者からの人物像が形成されるのであり、現代社会の流動性の高いコミュニティにおいてキャラクターは自身のコミュニケーションによって書き換え可能であるという[88]
  11. ^ 荻上チキは、一般に個人が複数のキャラを持っており場面に応じてそのどれかひとつを決めてそれを演じる「キャラ分け」が行われているとしている[87][89]
  12. ^ 例えば、中学時代にいじめられていた子供が、中学卒業・高校入学を機会にキャラを変更して(いわゆる「高校デビュー」)カーストの上昇を試みて成功したかに見えても、ひとたび過去の自分の姿を暴露されれば(抑圧が解放されれば)再びカースト最下層への転落を余儀なくされる、ということ[91]
  13. ^ 「人気がある」「馬鹿にされている」という一見すると相反する評価を周囲が受けている「いじられキャラ」のことで、道化のように、からかわれる(=いじられる)ことによって人気を得ている[96]。「いじり」はコミュニケーション操作系いじめにつながりかねない否定的な側面も持っており、例えばスクールカーストものとして頻繁に引用される小説『りはめより100倍恐ろしい』のタイトルにある“りはめ”は、意味不明の単語ではなく、「いじ」は「いじ」よりも恐ろしいという意味である[97]。森口朗は、スクールカーストを規定するコミュニケーション能力の3要素のうち、「同調力は高いが共感力と自己主張力が低い」ものがいじられキャラのポジションにおさまるとしている[98]

出典

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