アンモナイト 呼称

アンモナイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/29 04:54 UTC 版)

呼称

アンモーンのレリーフ、バラッコ古代彫刻美術館イタリア語版蔵。

古代地中海世界においてアンモナイトの化石は、ギリシアの羊角神アンモーン(古代ギリシア語: Ἄμμων ; Ammōn)[注 2]にちなみ、「アンモーンの角」(ラテン語: cornu Ammonis)として知られていた。大プリニウス博物誌』では貴石類に関する章において Hammonis cornu[注 3]の名を挙げ、「エチオピアの聖石の最たるもののひとつ」として紹介している[1]。こうした伝統を踏まえ、Ammon に岩石・鉱物を意味する語尾 -ite を添えて ammonite の名を造語したのは、18世紀後半のフランスの動物学者ジャン=ギヨーム・ブリュギエールであったともされる[2]

日本語では横山又次郎により「菊石」という呼称が提唱された。「菊石」という呼称の由来については、後述する縫合線の形状がアンモナイト目において植物の葉のように複雑であることに基づく説や、殻の螺旋や放射状に広がる肋がキクに類似することに基づく説があり、後者が有力視されている[3]

アンモナイトは内臓と頭部を外套膜が被覆しており、外套膜から分泌される炭酸カルシウムで構築された殻が軟体部全体を保護している。多くの属種は殻が軟体部を包む外殻性であるが、ゴードリセラスやプチコセラスなど殻の一部が軟体部に覆われる内殻性と指摘されている属種も存在した。また、アンモナイトは発生初期段階において内殻性であったとも指摘されている[4]

アンモナイトの殻は多様性が高く、パラプゾシアのように直径2メートルに達するような巨大な属種や、異常巻きアンモナイトと呼ばれる特殊な殻を持つものも登場している[5]

等角螺旋

アンモナイトの殻(螺環)の外観は一見しただけでは巻き貝のそれと同じようにみえるが、注意深く観察するとそうではない。一般的なアンモナイトの殻は、巻き貝のそれと共通点の多い等角螺旋(対数螺旋、ベルヌーイ螺旋)構造を持っていることは確かであるが、螺旋の伸張が平面的特徴を持つ点で、下へ下へと伸びていき全体に立体化していく巻き貝の殻とは異なり、巻かれたぜんまいばねと同じような形で外側へ成長していくものであった。これは現生オウムガイ類も同様である[6][7]

また、殻の表面には成長する方向に対して垂直に節くれ状の段差が多数形成されていることが多い。

内部構造

[左]隔壁と連室の様子が分かる切断面。[右]殻皮を剥がされ研磨された殻。中層の縫合線がよく現れている。

巻き貝との違いは殻の断面からもわかる。螺旋が最深部まで仕切り無く繋がっている巻き貝の殻の内部構造に対し、アンモナイトの場合、螺旋構造ではあるが多数の隔壁で小部屋に区切られながらの連なり(連室)となっている。この構造は現生オウムガイ類の殻と共通する[8]。殻(螺環)の内部は、現生オウムガイ類(オウムガイ属〈ノーチラス属〉 genus Nautilus[注 4])と同様、軟体部が納まる一番外側の大部屋(住房;じゅうぼう)と、その奥にあって浮力を担う小部屋(気房;きぼう)の連なりとで構成されている[9]。住房と気房は隔壁襟を介して細い体管(連室細管)によって繋がっている。このチョーク質層と有機質層からなる連室細管を介して浸透圧調整が行われていたはずである[4]

かつてアンモナイトの気室は、内部に液体を出し入れして全体の重量を調節し、沈降あるいは浮上する役割を果たしていたと考えられていた。しかし1970年代に発表されたオウムガイの観察結果では、オウムガイの気室は石灰化が不十分で水圧に耐えられない形成初期段階には液体で満たされ、隔壁の強度が十分なものになると液体を排出することが判明した。オウムガイの気室は浮力の獲得によるジェット推進の効率化や姿勢維持に寄与しており、アンモナイトも同様であったと推測されている[10]

現生オウムガイ類の飼育研究から、殻の成長に伴って軟体部が断続的に殻の口のほうへ移動し、その後に残された空洞は最初は体液で満たされているものの浸透圧が作用して体液が自然に排除される仕組みであったと推測されており、積極的にガスを分泌するのではないと考えられている。現生オウムガイ類との相違点として、現生オウムガイ類の隔壁が殻の奥に向かって窪むのに対してアンモナイトの隔壁は殻の口の方向に突出する傾向があること、隔壁間の空洞を連結する連室細管は現生オウムガイ類では隔壁の中央部を貫通するのに対してアンモナイトでは殻の外側に沿っていることが多いことが挙げられる[9]

殻の成長

また、螺環の巻き始めの部分に初期室という丸い空間が存在している点も、これを持たないオウムガイと異なる[5]。卵の中で発生したアンモナイトの殻は初期室とそれを取り巻く1/3から1巻き程度の螺環で構成されている。この小さな殻はアンモニテラと呼ばれるもので、卵から孵化した後、あるくびれを経て異なるから構造の螺環が続けて形成されていく。通常巻きのアンモナイトではより外側を次の螺環が取り巻くように成長していき、内側の螺環は真珠層で被覆を受ける[4]

縫合線

隔壁が接する縁の部分は縫合線をなす。縫合線の形状は年代による差異が明確で、後代のものほど複雑になっている。具体的には、ゴニアタイト目の縫合線は山と谷からなる単純なもので、セラタイト目では比較的複雑化を遂げている。アンモナイト目の縫合線は複雑な襞(ひだ)状に折れ込んでいる。このような複雑性は、ダンボール波板H形鋼などと同様、殻の強度を高めつつ軽量化を図るという相矛盾する課題を達成するための仕組みである[9]。なお、全ての属種がこの複雑化の傾向に従っているわけではなく、例外も存在する[4]

軟体部

ハインリヒ・ハルダー (Heinrich Harder) の筆による、アンモナイトの生態復元想像図。cf. The Wonderful Paleo Art of Heinrich Harder.

アンモナイトは軟体動物であるため、軟体部(本体部)が極めて残りにくい。かつては現生のオウムガイのように90本近い数の触手があったと考えられていたが、デボン紀のアンモナイトの化石をCTにかけたところ、蛸形亜綱英語版と同様の8本または10本程度の触手が確認された。生痕化石からもこの本数が支持されている[11]。アンモナイトの触手には針状の構造が2列並んでおり、これがフックとして機能していたと見られる[11]

触手の根元の中央部には口があり、口には石灰成分に富むキチン質で構成された上下に1対のカラストンビが存在した。カラストンビは現生の頭足類と共通して、一般に下顎板の方が大型である。顎で噛み砕いた食物は顎内部の歯舌[注 5]によりさらに細かく破砕され、食道に送り込まれる。歯舌は現生の蛸形亜綱英語版と比較して小型であり、同様に7列で構成されていた[11]。また、は4枚のオウムガイと異なり、蛸形亜綱と同じ2枚であったと推測されている[11]

アンモナイトの顎はアプチクス型とアナアプチクス型の2タイプが存在する。アプチクス型は顎を垂直にすることで開口部を塞いで軟体部を保護する蓋として機能し、水平にすることで顎として機能したと考えられている。アナアプチクス型の顎は現生のオウムガイのものに類似し、強く湾曲している。先端部には鋸歯が並び、外敵に対する防衛に留まらず、反撃に転じることも可能であったとされる。アプチクス型の顎器はヨーロッパを中心とするジュラ紀の地層、アナアプチクス型の顎器は日本をはじめとする白亜紀の地層から多く確認される[11]


注釈

  1. ^ 何を最初期の種と見なすかによって出現時期も変わるが、統一的見解は出ていない。
  2. ^ エジプトの神アメンがギリシアに伝播したもので、神託をもたらす大神とされた。ユーピテル/ゼウスとしばしば同一視され、Jupiter Ammon / Ζευς Αμμων とも呼ばれた。
  3. ^ Hammon は Ammon の異形。 また、cornu は「角」の意。
  4. ^ 現生をアロノーチラス属 (Allonautilus) との2属構成とする説もある。
  5. ^ 軟体動物に特有の摂餌器官。柔軟な平紐状の膜の上に多くの微細な歯が整然と並び、その舌を前後に動かすことによって餌をこそぎ取る。
  6. ^ 通常は方解石などに置換されて彩りが失われるが、元と変わりないアラレ石(アラゴナイト)の組成のままで化石化する。
  7. ^ 正確な対数螺旋ではない。
  8. ^ 産地の演出物でもあるが。

出典

  1. ^ 博物誌第37巻第60章第167節
  2. ^ ammonite”. Online Etymology Dictionary. 2021年10月31日閲覧。
  3. ^ 太陽神アモンの角”. みちのくはアンモナイトの宝庫. 東北大学総合学術博物館. 2021年10月31日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 早川浩司「アンモナイト学」『化石』第74巻、日本古生物学会、2003年、85-88頁、doi:10.14825/kaseki.74.0_85 
  5. ^ a b c d e f 小学館の図鑑NEO 大むかしの生物』小学館、2004年12月20日、70-71頁。ISBN 4-09-217212-5 
  6. ^ 近藤滋 (2018年3月30日). “白亜紀からの挑戦状”. Kondo Labo. 大阪大学大学院生命機能研究科近藤研究室. 2021年1月25日閲覧。
  7. ^ 佐藤英明「貝殻の螺旋と数理モデル」『Ouroboros 東京大学総合研究博物館ニュース』第24巻第2号、東京大学総合研究博物館、2020年5月19日。 
  8. ^ アンモナイトとオウムガイの違い”. 東北大学総合学術博物館. 2021年10月31日閲覧。
  9. ^ a b c 芝原暁彦『化石観察入門』誠文堂新光社、2014年7月22日、32-39頁。ISBN 978-4-416-11456-8 
  10. ^ 福田芳生「新・私の古生物誌(4) アンモナイトの進化古生物学(その2)」『The Chemical Times』第208号、2008年。 
  11. ^ a b c d e f g h i 福田芳生「新・私の古生物誌(4) アンモナイトの進化古生物学(その3)」『The Chemical Times』第209号、2008年。 
  12. ^ Landman, Neil H.; Goolaerts, Stijn; Jagt, John W.M.; Jagt-Yazykova, Elena A.; Machalski, Marcin (2015), Klug, Christian; Korn, Dieter, eds. (英語), Ammonites on the Brink of Extinction: Diversity, Abundance, and Ecology of the Order Ammonoidea at the Cretaceous/Paleogene (K/Pg) Boundary, Springer Netherlands, pp. 497–553, doi:10.1007/978-94-017-9633-0_19, ISBN 978-94-017-9633-0, https://doi.org/10.1007/978-94-017-9633-0_19 2024年5月27日閲覧。 
  13. ^ 長谷川四郎、中島隆、岡田誠『フィールドジオロジー2 層序と年代』共立出版、2006年1月25日、13-19頁。ISBN 978-4-320-04682-5 
  14. ^ 示準化石と示相化石”. 国立科学博物館. 2021年10月31日閲覧。
  15. ^ いわき市アンモナイトセンター - オフィシャルサイト






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