放射性ベータ崩壊 は弱い相互作用によるものであり、中性子を陽子、電子、電子反ニュートリノ に変換する。
弱い相互作用 (よわいそうごさよう、英語 : weak interaction 、弱い力 や弱い核力 とも呼ばれる)は、素粒子物理学 において4つとされる基本相互作用 のうちの1つであり、呼び名の通り4つのうちもっとも弱いとされる。
弱い相互作用が有効な範囲は陽子の直径よりも小さい距離に限定される。核分裂 において重要な役割を果たす。
弱い相互作用について、その振る舞いと効果の両方の観点から見る理論は量子フレーバーダイナミクス (QFD )と呼ばれる。なお、電弱理論 (EWT)の観点からより良く理解されるため、QFDという用語はほとんど使われない[ 1] 。QFDは強い相互作用 を扱う量子色力学 (QCD)および電磁気力を扱う量子電磁力学 (QED)に関連している。
概要
弱い力は強い相互作用 、電磁気力 、重力 と並ぶ、4つの基本相互作用 のひとつである。素粒子物理学において粒子間の相互作用はボソンの交換として説明される。
弱い相互作用を媒介するボソンはW± ボソンとZボソン とされる。WはWeak、Zは電荷ゼロ(Zero)を由来とする。これらWボソンとZボソンについては、どちらもその質量 が陽子や中性子の質量よりもはるかに大きく、短時間で消滅する。これは弱い力の影響範囲が短いことと整合する。与えられた距離における場の強度が、強い核力や電磁力の場の強度よりも数桁小さいことから、「弱い」力と呼ばれる。なお、初期宇宙 のクォーク時代 に、電弱力 が電磁力と弱い力に分かれたとされ、相互作用の強さは宇宙の状態による。
中性子や陽子などの複合粒子を構成するクォーク は、アップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、トップ、ボトムの6種ある「フレーバー」のうちひとつを帯びており、これが複合粒子に特性を与える。クォーク同士は弱い相互作用により互いのフレーバーを交換する。すなわちクォーク間の特性交換と複合粒子の特性の変化がボソンの媒介によって起きる。例えばβ− 崩壊 中では中性子内のダウンクォークがアップクォークに変化するが、これは中性子が陽子に変わることを意味し、合わせて電子と電子反ニュートリノが放出される。
弱い相互作用はパリティ対称性 を破る唯一の基本相互作用であり、同様に電荷パリティ対称性 を破る唯一の相互作用である。
弱い相互作用を伴う重要な現象としては、ベータ崩壊 のほかには恒星の熱核過程である水素からヘリウムへの核融合 がある。
ベータ崩壊
ほとんどのフェルミ粒子は時間の経過とともに弱い相互作用により崩壊する。炭素14 は弱い相互作用により窒素14 へと崩壊する。これは放射性炭素年代測定 に利用される。また、これによりトリチウム照明ならびにベータボルタイクスの関連分野で一般的に使われる放射線ルミネセンスが生成される[ 2] 。
歴史
1933年、エンリコ・フェルミ はフェルミ相互作用 として知られる弱い相互作用の最初の理論を提唱した。彼はベータ崩壊 が距離の離れていない接触力を伴う4つのフェルミオン の相互作用により説明できると提唱した[ 3] [ 4] 。
しかし、これは非常に短いが有限の範囲を持つ非接触力場としてより良く説明される[要出典 ] 。1968年、シェルドン・グラショー 、アブドゥッサラーム 、スティーヴン・ワインバーグ は電磁力と弱い相互作用を、これらが現在電弱力と呼ばれる1つの力の2つの側面であることを示すことで統一した[ 5] [ 6] 。
WボソンとZボソン の存在は、1983年まで直接確認されなかった[ 7] 。
特性
弱い相互作用による様々な崩壊ルートとその可能性を示す図。線の強度はCKM行列 により与えられる。
弱い相互作用は多くの点で独特である。
WボソンやZボソンと呼ばれるこれらのキャリア粒子は質量が大きいため(約90 GeV/c2 [ 8] )短命であり、寿命は10−24 秒未満である[ 9] 。弱い相互作用の結合定数 (相互作用の強さの指標)は10−7 と10−6 の間であり、強い相互作用の結合定数 1 および電磁相互作用の結合定数 約 10−2 と比較すると[ 10] 、弱い相互作用は強度の点で弱い[ 11] 。クオーク間の距離が約 10−17 ~10−16 m[ 11] と極めて短いときに弱い相互作用は優位となる[ 10] 。10−18 m くらいの距離では弱い相互作用は電磁力と同じくらいの強さであり、そこからさらに離れると指数関数的 に減少する。10−18 m から 3×10−17 m まで30倍(1.5 桁)ほど距離が広がったときに弱い相互作用は10,000分の一になる[ 12] 。
弱い相互作用は標準模型 の全てのフェルミ粒子 とヒッグスボソン に作用する。ニュートリノ は重力と弱い相互作用のみを介して相互作用し、ニュートリノは「弱い力」の名前の元々の由来であった[ 11] 。
弱い相互作用は、重力が天文学的スケール で行ったり、電磁力が原子レベルで行ったり、強い核力が原子核の内部で行ったりすること、つまり束縛状態 を作り出し結合エネルギー に関与するといったことはしない[ 13] 。
弱い相互作用による最も顕著な効果は、最初の特有な特徴であるフレーバーの変化 によるものである。例えば、中性子 は陽子 よりも重いが、中性子はその内部の2つのダウンクォークのうち1つのフレーバー をアップクォークに変えなければ陽子に崩壊することはない。強い相互作用 も電磁気学 もフレーバーの変化を許さないため、これは弱い崩壊 により進む。弱い崩壊がなければストレンジネスやチャーム(同じ名前のクォークと関連する)などのクォークの性質も、全ての相互作用にわたり保存される。
全ての中間子 は弱い崩壊により不安定である[ 14] 。ベータ崩壊 として知られる過程において、中性子 のダウンクォークは仮想 のW- 中間子を放出することでアップクォークに変化し、この中間子はその後電子 と電子反ニュートリノ に変換される[ 15] 。他の例は、原子内の陽子と電子が相互作用し、中性子に変化し(アップクォークがダウンクォークに変化)、電子ニュートリノが放出される放射性崩壊 の一般的な変形である電子捕獲 である。
Wボソンの質量が大きいため、弱い相互作用に依存する粒子の変換もしくは崩壊(フレーバーの変化など)は、普通、強い力や電磁力のみに依存する変換または崩壊よりもはるかにゆっくり進行する。例えば、電磁的に崩壊する中性パイ中間子 の寿命は約10−16 秒であるのに対し、弱い相互作用によってのみ崩壊する荷電パイ中間子は寿命約10−8 秒と中性パイ中間子よりも1億倍ほど長い寿命である[ 16] 。さらに極端な例として自由中性子の弱い力による崩壊があり、これは約15分を要する[ 15] 。
弱アイソスピンと弱超電荷
標準模型における左巻きフェルミ粒子 [ 17]
第1世代
第2世代
第3世代
フェルミ粒子
記号
弱アイソスピン
フェルミ粒子
記号
弱アイソスピン
フェルミ粒子
記号
弱アイソスピン
電子ニュートリノ
ν
e
{\displaystyle \nu _{e}\,}
π+ の弱い相互作用による崩壊
あらゆる相互作用において弱アイソスピンが保存 される:相互作用に入る粒子の弱アイソスピン数の合計は、この相互作用から出る粒子の弱アイソスピン数の合計に等しくなる。例えば、弱アイソスピンが+1の(左巻き)π+ は通常、νμ (++ 1 ⁄2 )とμ+ (右巻き反粒子、++ 1 ⁄2 )に崩壊する[ 16] 。
電弱理論の発展に続き、別の特性である弱超電荷 が発展した。これは粒子の電荷と弱アイソスピンに依存し、以下の式
Y
W
=
2
(
Q
−
T
3
)
{\displaystyle \qquad Y_{\text{W}}=2(Q-T_{3})}
中性子の間に重いW- ボソンを介した陽子 、電子 、電子反ニュートリノ へのベータマイナス崩壊のファインマン・ダイアグラム
ある種の荷電カレント相互作用では、荷電レプトン (電子 またはミューオン など、電荷−1を持つ)はW+ ボソン(電荷+1を持つ粒子)を吸収しそれにより対応するニュートリノ (電荷0)に変換される。ニュートリノの種類(フレーバー)である電子、ミュー、タウは相互作用におけるレプトンの種類と同じである。例えば
μ
−
+
W
+
→
ν
μ
{\displaystyle \mu ^{-}+W^{+}\to \nu _{\mu }}
左巻きと右巻きの粒子 : pは粒子の運動量、Sはスピン 。条件間の反射対称性は欠いていることに留意。
自然の法則は鏡の反射 の下では同じままであると長らく考えられていた。鏡を通して見た実験結果は、実験装置の鏡で反射した写しの結果と同一であると予想された。このいわゆるパリティ 保存則は、古典的な重力 、電磁気学 、強い相互作用 においては守られることが知られており、普遍的な法則であると仮定されていた[ 24] 。しかし、1950年代半ば楊振寧 と李政道 は弱い相互作用がこの法則に反する可能性があることを提案した。呉健雄 と共同研究者が1957年に弱い相互作用がパリティに反することを発見し、楊と李に1957年ノーベル物理学賞受賞をもたらした[ 25] 。
かつてはフェルミの理論 で弱い相互作用が説明されていたが、パリティ破れと繰り込み 理論の発見により、新たなアプローチが必要であることが示唆された。1957年、ロバート・マーシャク とジョージ・スダルシャン 、そして少し遅れてリチャード・ファインマン とマレー・ゲルマン が弱い相互作用のためにV−A (ベクトル マイナス軸性ベクトル もしくは左巻き)ラグランジアン を提案した。この理論では、弱い相互作用は左巻きの粒子(および右巻きの反粒子)にのみ作用する。左巻きの粒子を鏡で反射したものは右巻きであるため、これがパリティの最大破れを説明する。V−A 理論はZボソンが発見される前に開発されたため、中性カレントの相互作用に加わる右巻きの場は含まれていなかった。
しかし、この理論により複合的な対称性CP を保存することができた。CP はパリティP (左から右への切り替え)と荷電共役C (粒子と反粒子の切り替え)の組み合わせである。1964年にジェイムズ・クローニン とヴァル・フィッチ がK中間子 崩壊ではCP対称性も破れるという明確な証拠を示し、物理学者を再び驚かせた。2人は1980年にノーベル物理学賞を受賞している[ 26] 。1973年、小林誠 と益川敏英 が弱い相互作用のCP破れには2世代 より多くの粒子が必要であることを示し[ 27] 、事実上当時未知であった第3世代の存在を予測した。この発見により2008年のノーベル物理学賞の半分を獲得した[ 28] 。
パリティ破れとは異なり、CP破れは限られた状況でのみ発生する。その珍しさにもかかわらず、宇宙に反物質 よりも物質がはるかに多く存在する理由と広く信じられており、それによりバリオン数生成 のアンドレイ・サハロフ の3つの条件の1つを構成している[ 29] 。
脚注
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