江戸氏とは? わかりやすく解説

江戸氏

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/19 14:29 UTC 版)

江戸氏(えどし)は、日本氏族。以下が知られる。


注釈

  1. ^ 天保15年(1844年)初版の「応仁武鑑」(橋本博 編『大武鑑』改訂増補版、名著刊行会、1965年。収録)には江戸重広の喜多見流江戸氏の家紋が「揚羽蝶」で見える。ただし『寛政重修諸家譜』(文化9年(1812年)に完成)での喜多見氏(喜多見流江戸氏)の家紋は「亀甲」である。
  2. ^ a b 系図では甥と叔父だが、両方とも行重の子か(萩原 1977, p.52-54)、(『北区史』、p.55)
  3. ^ 翌貞和 3年の足利千寿王警護にあった重村が重通の子息と見えることから(萩原 1977, p.62)。
  4. ^ 小山経隆娘は江戸重継の子・六郎重政の室かと『北区史』は推測している(『北区史』 p.53)。
  5. ^ 戦国時代に世田谷城主の武蔵吉良氏に仕え、幕臣になった喜多見氏の家系。
  6. ^ 浅羽本の系図(「畠山系図」『続群書類従』収)には、長門の子・高重の注記に「遠江守、号長門」や矢口渡での新田義興謀殺が書かれるが、尊氏に仕えたとも書かれ、同系図にある曾祖父・重持が尊氏に仕えたことと矛盾して鵜呑みにできないと『大田区史』は論じている。「系図纂要」、「慶元寺本北見系図」、「寛政譜」、佐野本「秩父江戸系図」では、新田義興謀殺は江戸長門(忠重)とする。
  7. ^ 鎌倉時代の木田見江戸氏が江戸期に続いたと考えられていたが、喜多見氏の相伝文書を見ると江戸重通・石浜政重・江戸重村・高泰・房重の文書が見える。(『北区史』p.106)
  8. ^ 熊野神社御師が、檀那株を持つ江戸氏庶流分立に対し、その庶流の名字を記載した応永27年(1420年)の古文書。
  9. ^ 「蒲田殿一跡」は「原(はら)殿一跡」と並んで当時の江戸氏の強大な2流のことか(『荒川区史』上巻, p.356)。
  10. ^ 「新編常陸国誌」では男体城。茨城県指定史跡の名称では難台山城[1]
  11. ^ 佐竹氏と全く同格(『水戸市史』)ともいうが、佐竹氏の動向から、佐竹一門等と同格に見なすものとされる(『茨城県史』中世編)。
  12. ^ 重通が幼少で忠通が死去したため中継ぎで通政が当主として文書発給をしている。ただしわずか 3年で通政も死去した(「江戸忠通」『茨城県人名事典』)。
  13. ^ 重通の娘は晴朝の養女となり、婿に結城秀康を迎えた。
  14. ^ 「結城秀康給帳」には宣通は実道とある。元和9年、病気のため合力米を返上し、その子・朝祇が姻戚に働きかけて新たに合力米を得た。以後の給帳には、松平綱昌のころ水戸内匠・平兵衛が御合力御切米御扶持方、松平吉品の頃に水戸市之丞が30人扶持、松平宗矩・斉承の頃は高家100俵に水戸氏の名が見える(『福井市史』資料編4)
  15. ^ 石浜政重とも。
  16. ^ 別系では、通総ともいう。通称、江戸新兵衛。1388年(北朝:嘉慶2年)の難台山城の合戦で戦死。
  17. ^ 別系では、通実ともいう。通称、弥太郎、号、実山。足利氏満から河和田、鯉淵、赤尾関などの旧領を与えられ、江戸郷から河和田城へ移った。1422年(応永29年)没という。
  18. ^ a b c d 系譜関係に諸説あり
  19. ^ a b c d 修理亮通秀の子が、通長、通雅、(春秋)通式、鈍聚(獨放鈍聚和尚)、女(鹿島景幹妻)という系図もある。
  20. ^ 額田城主小野崎通重の養子
  21. ^ 江戸通雅の弟で春秋氏を継ぐ(萩原 1977,p.202)
  22. ^ 結城晴朝養女、結城秀康室のち烏丸光広
  23. ^ 竹屋光長の子。

出典

  1. ^ 小紋村子は「畠山系図」、左三つ巴・丸の内に二つ引は「江戸系図」記載(太田亮「江戸氏」『姓氏家系大辞典』第1巻、角川書店1934年
  2. ^ 八幡義信 「江戸氏」国史大辞典編集委員会編 『国史大辞典』2巻 吉川弘文館1980年、316頁。ISBN 4642005021
  3. ^ 『北区史』、p.56
  4. ^ 『新編千代田区史』通史編 p.33
  5. ^ 村井益男 「江戸城」国史大辞典編集委員会編 『国史大辞典』2巻 吉川弘文館1980年、317頁。ISBN 4642005021
  6. ^ 萩原 1977, p.86
  7. ^ 『秩父平氏の盛衰 -畠山重忠と葛西清重-』、p.242
  8. ^ a b 山田邦明「古代・中世の江戸」(初出:藤田覚・大岡聡 編『街道の日本史20 江戸』(吉川弘文館、2003年) ISBN 978-4-642-06220-6 P35-40./所収:山田『鎌倉府と地域社会』(同成社、2014年) ISBN 978-4-88621-681-6
  9. ^ 『大田区史』上巻 p.515-516
  10. ^ a b c d e 『北区史』、p.53-56
  11. ^ 萩原 1977, p.33
  12. ^ a b c 萩原 1977, p.36-38
  13. ^ 萩原 1977, p.39-40
  14. ^ 『大田区史』上巻、p.522-523
  15. ^ 『荒川区史』上巻 , p.283
  16. ^ a b c d e f 萩原 1977, p.46-47
  17. ^ 『大田区史』上巻、p.526-527
  18. ^ a b c d e 萩原 1977, p.47-49
  19. ^ 『荒川区史』上巻、p.294-297
  20. ^ 『北区史』、p.64-65
  21. ^ a b c 萩原 1977, p.52-54
  22. ^ a b 『荒川区史』上巻、p.301-303
  23. ^ 『荒川区史』上巻、p.344
  24. ^ a b 堀田正敦 等編「平良文流秩父支胤 小野氏」『新訂 寛政重修諸家譜』第9巻、続群書類従完成会、1965年、165頁
  25. ^ 茂木和平『埼玉苗字辞典』 第1巻(ア-オ)、1337頁
  26. ^ a b 『荒川区史』上巻、p.298-299
  27. ^ 萩原、p247-p248
  28. ^ a b c 萩原 1977, p.62-68
  29. ^ 『北区史』、p.83
  30. ^ a b c 萩原 1977, p.249-251
  31. ^ a b 『新編千代田区史』通史編, p.150-159
  32. ^ a b c 『大田区史』、p.734-735
  33. ^ 萩原 1977, p.70-72
  34. ^ 萩原 1977, p.69-70
  35. ^ 萩原 1977, p.73-75
  36. ^ 『群馬県史』史料編5 所収「正木文書」No.89
  37. ^ 黒田基樹 『上野岩松氏』 戎光祥出版〈中世関東武士の研究 15巻〉、2015年、p.8-9。ISBN 978-4864031646
  38. ^ 『北区史』、p.100-101
  39. ^ 萩原 1977, p.84
  40. ^ 萩原 1977, p.252
  41. ^ a b 『大田区史』上巻, p.710-712,(新倉善之「江戸氏の城南進出と蒲田氏」立正大学史学会創立五十周年記念事業実行委員会 編『宗教社会史研究』雄山閣出版、1977年)より引用
  42. ^ 萩原 1977, p.267
  43. ^ 関 2011, p.158
  44. ^ 『荒川区史』上巻、p.305-306
  45. ^ a b 萩原 1977, p.261-270
  46. ^ 橋爪隆尚『羽田史誌』橋爪隆尚、1975年。全国書誌番号:73014176
  47. ^ 萩原 1977, p.118
  48. ^ 矢島 有希彦「牛込流江戸氏と牛込氏 」『史苑』59(2) (通号 162) 、立教大学史学会、 1999年
  49. ^ 天保18年の「応仁武鑑」による(『大武鑑』収録)。
  50. ^ a b 萩原 1977, p.177-178
  51. ^ 藤木久志 「江戸氏」 国史大辞典編集委員会編 『国史大辞典』2巻 吉川弘文館1980年、316-317頁。ISBN 4642005021
  52. ^ 水戸市史編さん委員会『水戸市史』上巻、水戸市1963年、429頁
  53. ^ 茨城地方史研究会 編『茨城の歴史 県北編』茨城新聞社、2002年、p.69。ISBN 978-4872731569 , NCID BA58294909
  54. ^ 萩原 1977, p.182-183
  55. ^ 萩原 1977, p.186-187
  56. ^ 萩原 1977, p.190-192
  57. ^ 萩原 1977, p.201-215
  58. ^ 萩原 1977, p.217-221
  59. ^ 萩原 1977, p.228
  60. ^ 大内 1993, p.203
  61. ^ 堀田正敦 等編「平良文流秩父支胤 喜多見氏」『新訂 寛政重修諸家譜』第9巻、続群書類従完成会、1965年、163-164頁
  62. ^ 藤木久志「常陸の江戸氏」、萩原龍夫編『江戸氏の研究』,177 - 232頁
  63. ^ 戦国大名家臣団事典:東国編 1981, p. 196–200.
  64. ^ 戦国人名辞典編集委員会 編『戦国人名辞典』吉川弘文館2006年。182 - 183頁
  65. ^ 太田亮「江戸氏」『姓氏家系大辞典』第 1巻、角川書店1934年
  66. ^ a b 戦国大名家臣団事典:東国編 1981, p. 198–199.
  67. ^ a b c d 戦国大名家臣団事典:東国編 1981, p. 198.
  68. ^ 『徳川諸家系譜』2巻、31頁)、『福井市史』通史編2、福井市、2008年、17頁、33-34頁


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