ビジーフォーとは? わかりやすく解説

ビジーフォー

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/17 20:42 UTC 版)

ビジーフォー
別名
  • ビジーフォー・スペシャル
  • ビジー・フォーSPECIAL
出身地 日本の旗 日本
ジャンル
活動期間
レーベル
事務所 渡辺プロダクション
旧メンバー

ビジーフォー[注釈 1]は、1978年に結成されたコミックバンド。コミックソング・ものまね・アメリカナイズされたコントなどを得意とする。

「ビジーフォー」の「フォー」は結成当時のメンバーの人数に由来する。主にグッチ裕三とモト冬樹のコンビとしての活動が知られているが、元々は4人組バンドであり、「ビジーフォー・スペシャル」時代は4人以上在籍していた時期もある。

来歴

誕生から解散まで

デビュー当時は渡辺プロダクション(現・ワタナベエンターテインメント)に在籍していた[要出典] 。前身は、1977年に結成の「いそがしバンド」である[1][2]名前のビジーはbusyから来ており、「仕事がたくさん来て忙しくなるように」という願いが込められている[1]。よって「ビージーフォー」は誤記である。

メンバーは、リーダーの島田与作(異名:イタッケ島田、ベース)、グッチ裕三(ボーカル)、モト冬樹(ギター)、ウガンダ(ウガンダ・トラ、ドラム)の四人[3][4]。ウガンダがボーカルの時は、グッチがドラムを叩いていた[要出典] 。なお、冬樹の実兄であるエド山口はビジーフォーには参加していない[注釈 2]。

当時のネタとしては、歌謡曲やらオールディーズの替え歌で「ウガンダ=デブ、モト冬樹=若ハゲ、島田与作=若作り、短足」を歌に交えて、イジって笑いを取っていた[要出典] 。この当時のグッチは強いて云うなら小太り程度の体型で、イジるほどの外見的個性を持っていなかった。1981年に劇場版アニメ「じゃりン子チエ」のオープニングテーマ(曲名は作品名と同名の「じゃりン子チエ」)でメジャーデビュー。この曲に限り、テレビなどではメンバー4人は演奏をせず、4人並んでダンスを踊りながら歌っていた。売り上げ的には失敗した模様で、後(1983年頃)のコントでは売れなかったことを自虐ネタにしていた。

メンバーの方向性の違いなどを理由に1984年頃解散し[5]、島田は芸能界を引退、ウガンダはピン芸人となる[6]。

ビジーフォー・スペシャル

しばらくのブランクを経た後[いつ?] 、島田とウガンダの抜けた後に新たにウーロン茶(ベース)、ロバよしお(ドラム)、そして紅一点(キーボード)の三人が加わり、ビジーフォー・スペシャルとして再スタート。

この頃から本格的にものまねを始め、1983年から出演のフジテレビの『ものまね王座決定戦』では裕三と冬樹のコンビで出演し、最多の5回の優勝を果たし、コロッケ、清水アキラ、栗田貫一と共に「ものまね四天王」として、ものまねブームの立役者となる。

夜も一生けんめい。(日本テレビ)などの番組では、裕三と冬樹はレギュラーとして、その他の3人はバックバンドとして出演するなど、バンドとしても活躍した。

のちにロバよしおが辞めエデン東(ドラム)が加入し、マネージャー兼見習いメンバーとして北海龍が参加している。

分裂

1992年に裕三は「グッチ裕三とグッチーズ」を、冬樹を始めその他のメンバーは新メンバーを加えた「モト冬樹とナンナラーズ(結成当初はモト冬樹とフリーマーケット)」を結成した。以降、5人組バンドとしては実質休業状態にある。

「ものまね王座決定戦」や「夜も一生けんめい。→THE夜もヒッパレ」など、裕三と冬樹のコンビで出演する番組では引き続きグループ名が表記されていたが、番組終了以降はテレビ出演しても個人名でしか表記されなくなった。

解散の真相

解散の理由は清水アキラの著書[どれ?] によれば「金の縺れ」であるという。『ものまね王座決定戦』では再三不仲ぶりがネタにされていた[要出典] 。

アゴ勇が2008年のウガンダ死去に関連した日刊ゲンダイによるインタビューの中で、メンバーの不仲を暗に語っている[7]。1980年代後半、当時のフジテレビ社屋の近くにあったウガンダの自宅にアゴは居候していた。ウガンダ宅は山田邦子、ジャガー横田、森公美子、ブラザー・コーンなど数多くのタレントが出入りし、いわゆる溜まり場になっていたにもかかわらず、アゴはビジーフォーの面々を見かけなかったという。

冬樹は自身のブログでビジーフォーSP休止の理由について、絶頂期ではあったが今後の景気を予想すれば営業が激減することは明らかであり、また新しいネタも作れていない状況であったため「このままではなにもかもダメになる」と考え「リセットしようと決断し」「裕三も最終的には解ってくれた」と回顧している[8]。一方で冬樹自身かつて番組で「裕三と仲が悪くなって解散するというどっきりをやってそれがのちに本当になってシャレにならなくなった」と述べたことがある[要出典] 。

2011年12月31日放送のフジテレビの『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』にて久々に復活した。

メンバー

ビジーフォー

  • 島田与作/イタッケ島田(ベース)
    1947年生。リーダー。元・GSグループ「ザ・クーガーズ」メンバー。現在は音楽会社経営。
  • グッチ裕三(ボーカル)
    初期は高田〝グッチ〟裕三名義。
  • モト冬樹(ギター)
    初期は武東〝スリム〟冬樹→武藤〝モト〟冬樹名義。
  • ウガンダ(ドラムス)
    ウガンダ・トラの頁を参照。

ビジーフォー・スペシャル

  • グッチ裕三(ボーカル)
  • モト冬樹(ギター)
  • ウーロン茶(ベース)
    1956年生。本名:佐藤知己。解散後は「モト冬樹とナンナラーズ」メンバー。現在は有限会社「チャイメイツ」経営。
  • 紅一点(キーボード)
    本名:松川美子。メンバーからは本名の「よしこ」と呼ばれる。エド山口夫人の井上望がアイドル歌手だった頃にコーラスを担当していた。解散後は「モト冬樹とナンナラーズ」メンバー。
  • ロバよしお(ドラムス)
    初代ドラマー。途中で脱退。
  • エデン東(ドラムス)
    二代目ドラマー。解散後は「モト冬樹とナンナラーズ」メンバー。
  • 北海龍
    1962年生。本当はマネージャーだがメンバーとともに出演。元押尾川部屋力士。

ディスコグラフィ

シングル

ビジーフォー 名義
# 発売日 タイトル c/w 規格 規格品番
CBS・ソニー
1st 1981年 じゃりン子チエ 春の予感 EP 07SH-960
2nd 1981年 たいへん!バイキン音頭 たいへん!バイキン音頭 (カラオケ・バージョン) EP 07SH-1102
ビジーフォー・スペシャル 名義
# 発売日 タイトル c/w 規格 規格品番
ポニーキャニオン
1st 1991年1月21日 学問のスズメ 嫌いにならずにはいられない 8cmCD PCDA-00148
ビジー・フォーSPECIAL 名義
# 発売日 タイトル c/w 規格 規格品番
Sony Records
2nd 1991年1月21日 身から出たサビしさ CRYIN FOR YOU 8cmCD SRDL-3420

未発売曲

ビジーフォー・スペシャル 名義
発表 タイトル 備考
1987年 やる気マンマン日曜日のテーマ 毎日放送系『やる気マンマン日曜日』オープニングテーマ

タイアップ

ビジーフォー 名義
曲名 タイアップ 収録作品
じゃりン子チエ 東宝 キティー・ミュージック 東京ムービー新社提供作品『じゃりン子チエ』主題歌[9] シングル「じゃりン子チエ」
春の予感 東宝 キティー・ミュージック 東京ムービー新社提供作品『じゃりン子チエ』挿入歌[9]
たいへん!バイキン音頭 「バイキンくん」イメージソング シングル「たいへん!バイキン音頭」
ビジーフォー・スペシャル 名義
曲名 タイアップ 収録作品
学問のスズメ フジテレビ系アニメ『おれは直角』主題歌 シングル「学問のスズメ」
嫌いにならずにはいられない フジテレビ系アニメ『おれは直角』エンディング・テーマ
ビジー・フォーSPECIAL 名義
曲名 タイアップ 収録作品
身から出たサビしさ NTV『夜も一生けんめい。』エンディングテーマ シングル「身から出たサビしさ」

ものまねレパートリー

出演番組

※現在は全て放送終了

CM

脚注

注釈

  1. ↑ ビージーフォーは誤り。
  2. ↑ 山口は、ビジーフォーとは別のバンド「エド山口&東京ベンチャーズ」のメンバーで、リーダーを務めた。

出典

  1. 1 2 モト冬樹 (2017年2月13日). “いそがしバンド誕生”. 2022年5月8日閲覧。
  2. ↑ モト冬樹 (2021年6月21日). “いそがしバンドからビジーフォーSPまで秘蔵写真公開”. 2022年5月8日閲覧。
  3. ↑ イジリー岡田『イジリー岡田のニッポンのアイドル』2016
  4. ↑ モト冬樹プロフィール|株式会社ニート http://www.neat-inc.jp/motofuyuki.html
  5. ↑ モト冬樹 (2017年2月28日). “ビジーフォー解散”. 2022年5月8日閲覧。
  6. ↑ “芋洗坂係長 ウガンダ・トラを偲ぶ「カレーの忌」の様子を報告”. Ameba News (2017年6月3日). 2022年5月8日閲覧。
  7. ↑ “「ウガちゃんは悩みの多い芸能人の駆け込み寺でした」”. 日刊ゲンダイ. 2008年6月7日. 2008年6月8日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年1月11日閲覧.
  8. ↑ “ビジーフォーSP 休止”. 2017年3月7日. 2022年5月8日閲覧.
  9. 1 2 “じゃりン子チエ”. トムス・エンタテインメント. 2026年5月31日閲覧。
  10. ↑ 「今月の広告批評」『広告批評』第144号、マドラ出版、1991年11月1日、91頁、NDLJP:1853110/47。

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