2017年下院選挙による躍進
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「オーストリア自由党」の記事における「2017年下院選挙による躍進」の解説
中道右派のオーストリア国民党と中道左派のオーストリア社会民主党による大連立政権が難民への対応などを巡って崩壊していた。そのため、2017年10月に前倒しで下院選挙が実施された。選挙前の各種世論調査で中道右派の国民党は33-34%の支持率でトップ。難民危機後に一貫性のない難民政策を批判されて辞任したヴェルナー・ファイマンの代わりにオーストリア鉄道の前社長から2016年5月に新たに就任していたクリスティアン・ケルン 首相が所属する中道左派のオーストリア社民党の22-27%の支持率に、第3勢力としてオーストリア自由党が24-27%で第2党に激しく迫る世論調査結果だった。オーストリア自由党伸長の背景として、オーストリアが数多くの難民・移民の西欧・北欧の先進国を目指す際の経由地となったことで、オーストリア国民の抱いた不満を吸収していたことだった。自由党は、その後しばらく政党支持率で長らく首位を維持していたが、中道右派のオーストリア国民党は2017年5月に難民にも強硬姿勢をとる31歳と若いセバスチャン・クルツ外相を党首にすることで支持率首位を取り戻していた。2017年10月15日に行われたオーストリアの下院である国民議会選挙にて与党として連立政権を率いていた中道左派のオーストリア社会民主党が26.8%に、セバスチャン・クルツ外務大臣が率いている中道右派の国民党が難民受け入れ反対をオーストリア自由党の支持層に訴えることで31.5%の票を獲得して勝利した。2015年の難民危機後に支持を高めた反移民・反イスラムのオーストリア自由党は第三党だったが26.0%の得票で社会民主党に僅差の結果であった。躍進が後退した背景として、中道右派の国民党がオーストリア国民に圧倒的人気であるクルツ外相を党首に就任させたことと国民党の移民政策の厳格化を受けて選挙戦終盤に国民党に支持を奪われた。しかし、前回選挙から6%ポイント近くも得票率を増やしたことと、2大政党で中道左派政党である社会民主党に僅差の得票を獲得したことなどから以前より躍進したと評された。12月15日に国民党のセバスティアン・クルツ党首を首相、自由党のハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ党首が副首相に就任させることで連立政権を成立させることが決まった。 2019年5月にシュトラーヒェが自身の不正疑惑の報道を受け党首、副首相からの辞任を表明。これに伴い自由党は国民党との連立政権を解消した。シュトラーヒェの後任にはノルベルト・ホーファーが就任し、5月27日に採決された野党・社会民主党提出の内閣不信任決議案に自由党も賛成に回ることを決めた。このため不信任決議が可決され、クルツは首相を失職することとなった。これがオーストリアで第2次世界大戦後以降初めての内閣不信任可決となった。 2019年オーストリア国民議会選挙(英語版)では、20議席を失う大敗を喫し、31議席を有する第3党になった。同年10月23日、Philippa Strache(英語版)が自由党から除名され、30議席となった。
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