1970年代 - 国鉄民営化まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 18:57 UTC 版)
「高速化 (鉄道)」の記事における「1970年代 - 国鉄民営化まで」の解説
この時代は、鉄道の高速化という点では、全体として低迷した時代と言える。その要因としては以下のものが挙げられる。 労使関係の悪化 技術開発の不調 高速化よりも輸送力確保に重点が置かれた オイルショックによる経済の低迷と、鉄道利用客の減少 新幹線における騒音問題 1978年(昭和53年)10月改正では、すでに東北・上越新幹線の建設が進められていたため、東北・上信越方面の特急列車の増発枠を、地上設備の改良を極力抑えつつ確保するべく、スピードダウンが行われた。 国鉄末期の1985年(昭和60年)3月改正では、東海道新幹線の東京駅 - 新大阪駅間が3時間8分と、わずか2分ではあるが20年ぶりの時間短縮となったほか、東北新幹線では日本最速の最高速度240 km/h運転が開始されている。1986年(昭和61年)11月改正から東海道・山陽新幹線で最高速度220 km/hに引き上げられた。
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