11代目尾藤庄蔵の功績
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「旧尾藤家住宅」の記事における「11代目尾藤庄蔵の功績」の解説
第11代 尾藤 庄蔵(びとう しょうぞう)は、京都府立第一中学校(現・京都府立洛北高等学校・附属中学校)を経て、明治大学へ進学した。横浜の外国人居留地の商館群を目にし、洋館建築に興味を持った。10代の跡を継ぐと「合名会社尾藤商店」を設立し、当初経営は順調であったが、1920年(大正9年)の第一次世界大戦後の不況で多大な損害を被り、1922年(大正11年)に江戸時代より続いた生糸縮緬問屋から撤退した。その後は醤油店、保険会社代理店を営んだ。一方で、1913年(大正2年)には加悦町議会議員、1919年(大正8年)に与謝郡会議員、1922年(大正11年)には宮津銀行取締役、加悦鉄道株式会社取締役を経て、1928年(昭和3年)に14代加悦町長に就任した。町政では、町長就任前年の1927年(昭和2年)に発生した丹後大震災の復興に尽力し、旧加悦町役場庁舎の建設、加悦駅前道路・府道網野福知山線の新設など、同町の近代化に大きな足跡を残し、その後、1936年(昭和11年)に2期目の町長就任とともに、加悦鉄道株式会社社長にも就任している。 尾藤家住宅には11代目庄蔵が掲げていた尾藤家心得が残されている。 粗末にせぬ事 米一粒炭薪一きれでも粗末にせぬ事 無駄をせぬ事 無駄な湯を沸かしたり無駄な炭を熾さぬ事 叮嚀にする事 茶碗や皿を叮嚀に取扱ひ破損せしめぬ事 清潔にする事 清潔に洗物や拭掃除に至るまで 迅速にする事 早く片付けグズグズせぬよう、使いは早くかえるよう 整頓する事 乱雑にせぬよう順序よく整頓する事 大切にする事 何品によらず何事に拘わらず大切にして失錯せぬ事 責任を重んずる事 自分の仕事はもとより相助けて全員全責任を完す — 第11代尾藤庄蔵、ちりめん街道オフィシャルHP
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