音速の壁を破る
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/25 05:09 UTC 版)
航空機が音速に近づくと、機首先端の空気は圧縮され高温となる。さらに音速に達すると高エネルギーの衝撃波が発生するが、逆に言えばこれを生み出すために大きな運動エネルギーを要求される。これは造波抵抗と呼ばれ、航空機の開発では、これを克服する技術的困難さも相まって、音の壁と呼ばれた。 1942年、英国の航空大臣は、音速の壁を破ることのできる世界で最初の航空機を開発する計画を、マイルス・エアクラフト社とともに極秘で開始した。結果として、この計画はマイルス M.52試作機を開発した。これは高度11キロメートル(36000フィート)において、1分30秒で時速1600キロメートル(時速1000マイル)に達するように設計された。 この航空機の設計には、現在の超音速航空機でもいまだ使われているような多くの革新的技術が導入された。最も重要な進化の一つが、超音速下でも操縦性を維持させる全浮動尾翼であった。これはマイルス・リサーチ社のデニス・バンクロフトと彼のプロジェクトチームによる独創案の産物であった。この計画は、有人による戦闘飛行が行われる前に科学研究所所長のベン・ロックスペーサー卿によって中止された。 後に政府命令によって、すべての設計データとマイルス M.52に関する調査結果はアメリカ合衆国のベルエアクラフトに送られた。お互いの管理者間での情報交換の合意はあったが、記録によると、アメリカ政府は英国のデータを受け取った後に取り扱いを封印したという。後のマイルス M.52に関する設計検証実験では、人が乗っていない3/10スケールの模型が1948年10月にマッハ1.5を達成したとされている。
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