非自民連立政権の樹立とは? わかりやすく解説

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非自民連立政権の樹立

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 05:53 UTC 版)

社公民路線」の記事における「非自民連立政権の樹立」の解説

1993年平成5年)、小選挙区制導入中心とする政治改革関連法案が廃案になったことをきっかけ内閣不信任案決議可決され小沢らが自民党を離党新生党結成された。連合会長山岸章仲介新生党社会民主連合加えた非自民勢力による連携図られ、再び社会党公民両党が協力することになった保守派主導権握り小沢一郎社会党との協力はまった熱意がなかった。そして第40回総選挙では連合山岸章連立政権障害なり得る強固な社会党左派議員に対して選挙協力をしないなどの「選別」を行い露骨に圧力を掛けた。そんな社会党有権者見放して社会党一人負けとなり、自民党野党連合過半数達しなかった。そこで日本新党新党さきがけとも提携しその結果連合政権構想日本新党細川護煕首班とする非自民連立政権として成立し社公民念願与党の座に就いて小選挙区比例代表並立制導入されることとなった。これは、「二つ保守政党による二大政党制」と、社会党泡沫政党化につながるものとして社会党左派抵抗したが、なんとしてでも与党の座にしがみつきたい社会党右派山花貞夫委員長赤松広隆書記長は、これを強引に支持し土井たか子衆議院議長にまつりあげられて党内に口をはさめなくなったなかで、社会党左派排除されたり、あるいは自ら社会党見限って離党し新党護憲リベラル平和:市民)、憲法みどり農の連帯護憲新党あかつき新社会党などを結成していく。社会党右派なかでも連立巡り村山富市委員長野坂浩賢五十嵐広三大出俊山口鶴男らの連立離脱派と、久保亘書記長上原康助田邊誠山花貞夫赤松広隆佐藤観樹千葉景子連立残留派対立する

※この「非自民連立政権の樹立」の解説は、「社公民路線」の解説の一部です。
「非自民連立政権の樹立」を含む「社公民路線」の記事については、「社公民路線」の概要を参照ください。

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