運用思想の違い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 16:04 UTC 版)
連合国では特TL型のような船団護衛型の空母類似船舶は、後に護衛空母へと発展し、護送船団の中核として多大な功績を残しているが、大日本帝國海軍で同時期既に建造していたCAMシップ(戦闘カタパルト艦)類似の給油艦速吸及びこの後継に当たる鷹野型給油艦は基本的には船団護衛よりも艦隊型空母の補助戦力として海戦に投入する意図が強いものであった。 大日本帝國で唯一小型の特設空母が随伴し、構成船舶も20kt級の比較的優速の優良船舶ばかりで構成されたヒ船団において、ヒ74船団で潜水艦の雷撃で喪失した雲鷹が、その戦闘詳報において『空母ガ船団ト同速力ニテ運動スルハ最モ不可ナリ』と明言し、(戦闘部隊の艦隊と比較し)低速の輸送船団に空母を同行させる編成を抜本的に見直すよう提言するなど、海軍では船団護衛型の空母類似船舶の量産に消極的な意見が多く見られた。 ただし、このような護衛空母の運用思想の違いについては、洋上に拠点が無く支援機を出す事が出来ない太平洋・大西洋横断輸送を行っていた連合軍と、陸上基地の支援を受けられる位置を航行していた日本軍では、運用状況が全く異なる事に留意する必要がある。 戦時中、多数の日本船舶を撃沈したアメリカ海軍太平洋艦隊潜水艦部隊の司令官であったチャールズ・A・ロックウッドは「台湾・中国・フィリピンから船団護衛機を出したほうが経済的で安全である」という意見を残している。
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