計画と発明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/07 22:12 UTC 版)
ワイズは1838年、空中で気嚢がガス漏れを起こした場合にそのままパラシュートと化す気球を開発した。気嚢の下半分が上方に畳み込まれ、パラシュート型になる仕組みであった。この、搭乗者安全気球というアイディアは、実はワイズが元祖ではないが実物を製作して実験を行ったのは彼が最初である(ペンシルヴェニア州イーストンで悪天候の中を飛行した際、気球に穴が開いたため、期せずして実地試験することとなったのである。ワイズは無傷で生還した)。 ロバート・コッキングが最初の近代的パラシュートの実験で墜死した(1837年)後、二種類のパラシュートのどちらが優れているのかという疑問が航空界に浮上した。二種類とは、ケイリー卿が提案しコッキングが実験した円錐型と、アンドレ=ジャック・ガルヌランが設計・製作し1797年に実験成功した傘型のことである。ワイズは実験を繰り返し、安定した降下には円錐型のほうが優れていると結論を出した。(コッキングが失敗したのは単に設計と製作技術の不足が原因であった。) ワイズは、紐を引くと気嚢の一部が細長く開放される機構も発明している(右図)。この「裂けるパネル」("rip panel")は高度の調整や着陸時のガス放出に使われた。彼は直射日光が気球のガスを温める効果についても認識しており、これを積極的に利用するために黒い気球を作った。ワイズはジェット気流を観測した最初の人物でもある。彼は「常に西から東へ流れる、大いなる空中の河」について言及を残している。1859年8月17日には123通の手紙と23枚の回状を積んでインディアナ州のラファイエットから離陸し、浮力不足のため26マイル先のクローフォーヅヴィルに不時着した。これはアメリカ初の航空郵便である。この時に使われた封筒が1957年に発見されている。
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