解釈と俗称「悪魔的な詩」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/03 14:27 UTC 版)
「交響曲第2番 (スクリャービン)」の記事における「解釈と俗称「悪魔的な詩」」の解説
《第3番》以降の3つの交響曲が、作曲者自身によって「○○の(○○な)詩」と呼び習わされてきたことや、《第1番》が終楽章の歌詞にちなんで「芸術讃歌」や「芸術的な詩」と通称されることに倣い、本作についても、ごく稀に「悪魔的な詩」と称される場合がある。 音楽之友社の「音楽辞典人名篇」(旧版)において、《第1番》《第2番》の副題としてそれぞれ「悲劇的な詩」「悪魔的な詩」を冠する旨の記載がされており、古い音楽書やLPレコードのライナーノーツにはこの記載内容が踏襲されているが、これらの名称は作曲家自身がこれらの交響曲に名付けた事実がなく、作曲された時期が神秘主義に傾倒した時期からかけ離れており、さらにはこれらの名称はピアノ曲《悲劇的詩曲 変ロ長調》作品34および《悪魔的詩曲 ハ長調》作品36とそれぞれ混同している可能性も高く、以上の事からこの交響曲の副題として「悪魔的な詩」と冠するのは不適切と言わなければならない。 なお、先述のデリソンによると、《交響曲 第2番》は、ロシア象徴主義の画家ミハイル・ヴルーベリの描いた絵画「敵対する巨人族を打破するオリュンポスの神々」と内容的に関連するというが、このような解釈については、なお異論の余地を残すと言うべきであろう。
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