角行 (富士講)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/23 07:18 UTC 版)
角行(かくぎょう、天文10年1月15日(1541年2月10日) - 正保3年6月3日(1646年7月15日))は、江戸時代に富士講を結成した人びとが信仰上の開祖として崇拝した人物。大職冠藤原鎌足の子孫。長崎の武士の左近大輔原久光の子として生まれる[1]。俗名、長谷川左近藤原邦武。
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- ^ a b 『国史講座 第5冊 神道史. 日本佛教史』太田亮, 橋川正、p200-201
- ^ 「フセギ」の原義は未詳のままだが、埼玉県内には現在でも同名の民俗事象が広く見られ、その多くが病魔退散などを目的としている。
- ^ 井上 1991, pp. 17-18.
- ^ 「1164 450年記念大祭」(『芙蓉庵[有坂蓉子 Yoko Arisaka]の【富士塚日記】』(富士山をモチーフとした作品や富士塚研究で知られる美術家・有坂蓉子のブログ))
- ^ 「1165 御巻きくぐり」(『芙蓉庵[有坂蓉子 Yoko Arisaka]の【富士塚日記】』)
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