衆院選へ立候補
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 09:09 UTC 版)
2000年、都議を辞職し、第42回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で東京9区から立候補。民主党前職の吉田公一に敗れ、比例復活も叶わず落選。 2003年、第43回衆議院議員総選挙に再び東京9区から自民党公認で立候補し、前回敗れた吉田を下して当選した。2005年の第44回衆議院議員総選挙では、東京9区で民主党新人の川島智太郎を破り、再選。当選後、自由民主党副幹事長に就任。第1次安倍内閣では厚生労働大臣政務官に任命された。 2008年自由民主党総裁選挙では、同じ東京都選出で都連会長の石原伸晃の推薦人に名を連ねる。2009年の第45回衆議院議員総選挙では東京9区で民主党新人の木内孝胤に敗れたが、重複立候補していた比例東京ブロックで復活し、3選。 2012年の第46回衆議院議員総選挙では、東京9区で日本未来の党から立候補した木内らを破り、4選。選挙後に発足した第2次安倍内閣で経済産業副大臣に就任。2013年10月、経済産業副大臣を退任し、党の財務金融部会長に就任。 2014年12月14日の第47回衆議院議員総選挙で5選。同年12月25日、臨時閣議が開かれ、第3次安倍内閣の副大臣・政務官人事が諮られるが、選挙前に不祥事が相次いで報じられた御法川信英は財務副大臣再任を固辞。後任として同副大臣(主税、関税、国際局、政策金融を担当)に任命された。 2017年の第48回衆議院議員総選挙で6選。
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