自立を促す家庭環境
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/11 03:43 UTC 版)
「ミシェル・ペロー」の記事における「自立を促す家庭環境」の解説
ミシェル・ペローは1928年5月18日にパリ12区で皮革製品卸売業を営むマルセル・ルーとアンドレ・ルーローの間にミシェル・ルーとして生まれた。父マルセルは第一次世界大戦に出征した経験から筋金入りの反軍国主義者で芸術家肌、無政府主義的傾向があり、ミシェルにスポーツや旅行をすること、特に仕事に就いて自立することの重要性を教え、「男の世話になるな」と語っていたという。母方の祖父母は共和主義者、ドレフュス擁護派、ライック(非宗教)であり、娘アンドレをフェヌロン高等学校に入れた。フェヌロン高等学校は高等師範学校の入学試験の準備のために1892年に創設されたパリで最初の女子高等学校である。1934年、ミシェルはパリ10区シャブロル通りのカトリック系の私塾ボシュエ学院に入学した。黙想修道女会が運営するこの学校は、主にパリ中心部の中産階級の商人の子女を受け入れ、キリスト教道徳に基づく良妻賢母の育成を目的としながらも子供たちが切磋琢磨する環境を重視し、特にフランス語、ラテン語、英語などの言語教育に力を入れていた。後に女性論『最後の植民地』、『フェミニズムの歴史』などを執筆することになる作家のブノワット・グルー(フランス語版)(1920-2016) には英語を教わった。
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