聖堂の装飾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 08:46 UTC 版)
「サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂」の記事における「聖堂の装飾」の解説
聖堂のモザイクはよく残っているが、たびたび高潮の被害に遭うようになったため、16世紀に創建当時から床面が1.2m以上高く持ち上げられた。このため床面に敷詰められていたモザイクは見ることができないし、内部空間の構成は比較的鈍重に見える。また、アプス部分は創建当時のものは完全に失われてしまっている。 内部の壁面上部には、6世紀時のままのモザイク画が存在している。元々4段構成になっていたが、最下段は床面が嵩上げされた際に取り壊された。最上段はキリストの奇跡と受難の26場面が画かれ、その下の高窓部分には旧約聖書の預言者または福音記者と12使徒(あるいは別の図像かもしれないが確証は全くない)と推察される16人の聖人像が配置される。 圧倒されるのはその下部である。北側には、3人のマギに導かれてラヴェンナの外港クラッシスを出立し、聖母子のもとに向かう22人の聖女の殉教者たちの参列が画かれている。南側は、聖マルティヌスに導かれてラヴェンナの王宮から天使に囲まれたキリストに至る26人の殉教者の参列が画かれている。ここに画かれている王宮はテオデリックの宮殿と考えられる。 3段目の図像には、もともとアリウス派を象徴するモザイク画が(例えば王宮の柱間やクラッシスの城壁などに)画かれていたらしく、いくつかの部分が改修されている。今ではアリウス派を想起する場面は全くない。
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