第3、第4、第5の哨戒 1945年2月 - 9月とは? わかりやすく解説

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第3、第4、第5の哨戒 1945年2月 - 9月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/19 22:23 UTC 版)

レザーバック (潜水艦)」の記事における「第3、第4、第5の哨戒 1945年2月 - 9月」の解説

2月1日、レザーバックは3回目の哨戒でセグンド、シーキャット (USS Sea Cat, SS-399) とウルフパック組んで東シナ海向かった。この哨戒では、2月23日3月1日敵船に対して魚雷発射したが、命中しなかった。3月5日木造海上トラック砲撃撃沈したのを皮切りに3月6日9日には、3隻それぞれ浮上して艦砲により4隻の木造船沈め、レザーバックは日本兵3名を捕虜にした。レザーバックはグアム寄港して捕虜下ろし3月26日53日間行動終えて真珠湾帰投した。 5月7日、レザーバックは4回目の哨戒日本近海向かった日本の南洋上および東京湾海域での救助配備任務命じられ5月25日には第21戦闘機部隊P-51パイロットチャールズ・E・テイラー中佐救助した6月5日には神戸空襲撃墜されB-29クルー4名を救助した6月27日、レザーバックは50日間行動終えてミッドウェー島帰投した。 7月22日、レザーバックは5回目哨戒オホーツク海方面向かった8月2日、レザーバックは北緯4441東経14704分 / 北緯44.683度 東経147.067度 / 44.683; 147.067の地点で2隻の350トン海上トラック発見し砲撃撃沈した間を置かず別の海上トラック武装したラガー (船)(英語版)の集団現れ、4隻の海上トラック砲撃沈め残った海上トラックラガー破壊した哨戒残り幌筵島沖でアラスカ拠点とする航空機対す救助配備任務当たった8月31日、レザーバックは他の潜水艦11と共に東京湾入港し9月2日日本の降伏文書調印式典参列。この時点39日間行動終えた。レザーバックは式典翌日9月3日出航9月11日真珠湾到着し9月20日サンディエゴ帰還した

※この「第3、第4、第5の哨戒 1945年2月 - 9月」の解説は、「レザーバック (潜水艦)」の解説の一部です。
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