第三巻・暁の寺
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執筆期間は第一部が1968年(昭和43年)7月から1969年(昭和44年)4月までで、第二部は1970年(昭和45年)2月まで。 『暁の寺』の取材のため、三島はインドとバンコクに行くが、ガンジス川のベナレスを見て、〈インドでは宗教が生きています。あれだけ宗教がナマナマしく生きてゐる国は見たことがありませんね〉と語っている。 ジン・ジャンのモデルには、タイからの留学生で22歳の東大経済学部に学んでいたスワンチットという美人学生を留学生会館で小島千加子(雑誌『新潮』の三島担当編集者)の協力によって選び、一度三島邸で面会したものの、その後に一晩東京の街で会う約束をすっぽかされたまま、彼女が帰国してしまったために作品の内容もそれに沿ったものに変更されていったという。また、ドイツ文学者・今西康のモデルは澁澤龍彦で、久松慶子のモデルは朝吹登水子と白洲正子を足して二で割ったものだと三島は小島に語ったという。 標題の『暁の寺』は、バンコクにあるワット・アルンラーチャワラーラームから来ている。
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