狭義の葛西
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/24 05:32 UTC 版)
狭義の葛西は、東京都江戸川区南部、旧東京府南葛飾郡葛西村を中心とする地名である。面積は約14平方km。世帯数107,728。人口241,790人(平成20年1月1日現在)。東京メトロ東西線に葛西駅があるが、江戸川区に単独の町名としての「葛西」は現存しない。 東京都江戸川区の南部の地域(厳密には江戸川区役所葛西事務所の担当エリア)を指す。住所は東葛西、西葛西、南葛西、北葛西、中葛西の5つに分けられているが清新町や臨海町などの埋立地域も合わせて「葛西」と呼ばれることが多い。なお、旧江戸川の中州である妙見島は東葛西3丁目の一部である。 この地域は江戸時代は桑川村と長島村、東宇喜田村(東葛西まで)、西宇喜田村に分かれていた。1889年(明治22年)に町村制が施行され、4つの村が合併して葛西村となった。1895年(明治28年)、千葉県東葛飾郡堀江村(現・浦安市の一部)の江戸川以西の飛び地が葛西村に編入された。堀江の地区名は今も東葛西、南葛西に残っている。1932年(昭和7年)の市郡合併により、江戸川区が誕生。桑川町などが設けられた。1934年(昭和9年)には、小島町(1丁目・2丁目)や新田(1丁目・2丁目)、葛西3丁目が作られた。1969年(昭和44年)、営団地下鉄(現東京地下鉄)東西線葛西駅開業。駅の所在地である「葛西」という地名が前面に押し出され、1978年(昭和53年)以降の住居表示の実施により、その他の町も東西南北と中葛西に再編された。宇喜田町は住居表示を実施せず、現在も地番を使用している。1982年(昭和57年)、葛西沖開発事業により造成された、清新町と臨海町が加わった。
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