燻製ニシンの虚偽とは? わかりやすく解説

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燻製ニシンの虚偽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/06 20:35 UTC 版)

燻製ニシンの虚偽(くんせいニシンのきょぎ)、またはレッド・ヘリング英語: red herring)は、重要な事柄から受け手(聴き手、読み手、観客)の注意を逸らそうとする修辞上、文学上の技法を指す慣用表現[1]

解説

18世紀から19世紀に掛けてジャーナリストとして活動したウィリアム・コベットが書いた記事に由来し[2]、後に情報の受け手に偽の事柄に注意を向けさせ真の事柄を悟られないようにする手法を表す慣用表現として使われるようになった。例えば、ミステリ作品において、犯人の正体を探っていく過程では、無実の登場人物に疑いが向かうように偽りの強調をしたり、ミスディレクション(誤った手がかり)を与えたり、「意味深長な」言葉を並べるなど、様々な騙しの仕掛けを用いて、著者は読者の注意を意図的に誘導する。読者の疑いは、誤った方向に導かれ、少なくとも当面の間、真犯人は正体を知られないままでいる。また、ストーリーの途中まで主人公以外の人物をそのように見せる「偽主人公」も、燻製ニシンの虚偽の例である。

歴史

ニシンのキッパー。

red herringの直訳は「赤いニシン」であるが、これは、そのような名の魚種があるわけではなく、濃い味付けのキッパーを意味している。キッパーとはイギリスの料理で、主としてニシンを塩漬け燻製のいずれか、または両方の加工をした料理のことである。この加工によって、魚には独特の鼻につく臭いがつき、濃い塩水を使うことで魚の身が赤くなる[3][注 1]

英語における慣用表現としての red herring の意味は、近年に至るまで猟犬の訓練手法に由来する表現であると考えられていた[3]。いくつかの異なる説があるが、その1つは、鼻を突く臭いを放つ燻製ニシンを引きずって子犬にその臭いを追うように仕込む、というものである[4]。その後、犬がキツネやアナグマのかすかな臭いを追えるように仕込まれていくと、訓練士は、今度は(その強い臭いで動物の臭いを紛れさせるために)燻製ニシンを動物の痕跡と交差する方向に引きずり、犬を惑わす[5]。犬は最終的には、強い臭いに惑わされることなく、元々追っている動物の臭いを追跡できるようになる。これとは別の説では、脱獄した囚人が、追跡する犬に臭いの強い魚を投げて気を逸らせようとしたことによるとされる[6]

実際にはこのような手法が犬の訓練に用いられることはないし、燻製ニシンが逃亡者に役立つこともない[7]。この慣用表現はジャーナリストのウィリアム・コベットが、自身が創設した週刊新聞 Weekly Political Register 紙に、1807年2月14日に発表した記事に由来するものと思われる[3]。(ナポレオン率いるフランス軍が苦戦の末、辛勝したアイラウの戦いについて)ナポレオンの敗北を誤報したイギリスの新聞を批判する記事の中でコベットは「かつてウサギを追う犬の気を逸らそうと、燻製ニシンを使ってみたことがある」という話を持ち出した上で、「政治的な燻製ニシンの効果は、ほんの一瞬のものでしかない。土曜には、その臭いも石のようにさめきってしまった」と記している[3]

イギリスの語源研究家マイケル・キニオンは、「この話は(コベットによって)1833年にも繰り返し使われ、それは『赤いニシン』の比喩的含意を読者に意識させるのに十分であったが、不幸なことに、それが実際の狩猟者がやっていることに由来するのだという誤解も生んでしまった」と述べている[3]

脚注

注釈

  1. ^ この濃い味付けのキッパーという意味での red herring は、中世期末に遡る用例があり、1400年頃の手稿 Feminaケンブリッジ大学トリニティカレッジ蔵:Trin-C B.14.40)27 には "He eteþ no ffyssh But heryng red."(彼は魚は食べなかったが、赤いニシンは食べた)という記述がある。サミュエル・ピープスは、1660年2月28日の日記に、"Up in the morning, and had some red herrings to our breakfast, while my boot-heel was a-mending, by the same token the boy left the hole as big as it was before."(朝起き、朝食に赤ニシンを少し食べている間に、ブーツの踵を修理させたが、いつものように小僧は穴が空いたままにしていた)と記した[2]

出典

  1. ^ Red herring. (n.d.). The American Heritage Dictionary of the English Language, Fourth Edition. Retrieved February 04, 2009, from: http://dictionary.reference.com/browse/Red%20herring
  2. ^ a b Pepys Samuel (1893年). “The Diary of Samuel Pepys M.A. F.R.S.”. Samuel Pepys' Diary. 2006年2月21日閲覧。
  3. ^ a b c d e Quinion, Michael (2002-2008). “The Lure of the Red Herring”. World Wide Words. 2010年11月10日閲覧。
  4. ^ Thomas Nashe, Nashes Lenten Stuffe (1599): "Next, to draw on hounds to a sent, to a redde herring skinne there is nothing comparable."(次に、臭いを追う犬の気を惹くには、赤ニシンの皮が一番で、これに匹敵するものはない。)- なお、ナッシュは、実際の狩猟についてのまじめな言及として述べたのではなく、風刺パンフレットのこぼれ話として、燻製ニシンの素晴らしい利点を賞賛してみせるために文を綴っているのであり、そのようなことが実際に行われているという証拠にはならない。同じ箇所で彼は、魚を乾燥して粉末にした魚粉は腎臓病胆石の予防に効果がある、などと胡散臭いことを記している。
  5. ^ Currall, J.E.P; M.S. Moss; S.A.J. Stuart (2008). “Authenticity: a red herring?”. Journal of Applied Logic 6 (4): 534–544. doi:10.1016/j.jal.2008.09.004. ISSN 1570-8683. 
  6. ^ Hendrickson, R. (2000). The facts on file encyclopedia of word and phrase origins. United States: Checkmark.
  7. ^ 2010年ディスカバリーチャンネルの番組『怪しい伝説 (MythBusters)』で、警察犬の追跡を燻製ニシンを放ることでかわせるか、実験が行われた。この実験で犬は魚を食べるために立ち止まり、逃亡者の臭いをしばらくの間見失ったが、最後には元の追跡に戻ってターゲットを見つけ出した。この結果、この神話は「ウソ」と判定された。

関連項目


燻製ニシンの虚偽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 16:13 UTC 版)

論点のすり替え」の記事における「燻製ニシンの虚偽」の解説

詳細は「燻製ニシンの虚偽」を参照 論点のすり替え似たものとして燻製ニシンの虚偽 (Red herring) がある。これは意図的に論点すり替えたり、故意議論発散させたりする行為指した批判的な用語である。この奇妙な用語については、猟犬訓練燻製ニシン使い猟犬燻製ニシンの臭いに惑わされないようにしたことに由来する説明されるが、語源学者のマイケル・キニオンによれば1800年代週刊新聞ジャーナリストウィリアム・コベットがこの比喩をもちいたことに由来するものらしいほか、実際猟犬訓練ではそのようなトレーニングが行われるようことはないようである。

※この「燻製ニシンの虚偽」の解説は、「論点のすり替え」の解説の一部です。
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