熾る火に向かう面や薪能
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季 語 | |
季 節 | 夏 |
出 典 | |
前 書 | |
評 言 | いかにも「紅葉狩」などが相応しい。 「これハこの邉に住む女にて候げにやながらへて浮に住むとも今ハはや。誰白雲の八重葎茂れる宿の淋しきに・・」と謡い出ずる前シテは若い女面。 信濃戸隠山の山中に分け入り、狩りを楽しんだワキ、武将の平維茂がそこで紅葉狩りの酒宴に興じる美女達(実は鬼女)に酒を勧められ、したたかに酔い眠ってしまうが夢の中、男山八幡神が現れ、「化生の姿を露わにしたところを討ち果たすべし」と告げる。程無く我に返った維茂は授けられた神剣を振い、嵐の中、火を吹いて襲いかかる鬼女達をことごとく斬り伏せる。 「熾る火」は前シテ演ずる艶やかな女面の「中ノ舞」から、本性を隠し了せず突然に激し、「急ノ舞」に転ずるあたり。或いは憤怒の形相宜しく後シテの面、顰(しかみ)が維茂目がけて襲い掛かる頃合い。わっと揺らめく火影に身を翻しつつ身構えるシテの仕草はこの上なく妖艶であり、能の五番目ものらしく凄絶そのものだ。 作者は鎌倉七里ヶ浜の住人。掲句も住まいに程近い鎌倉宮で毎秋上演される由緒ある行事を丹念に扱っており、宇多喜代子氏の跋文によれば、(作者は)二十年前の処女句集『海の透視図』で「薪能闇に移りしおもてかな」の句をものにして以来、ひとつの対象を幾年にもわたって句に詠みつくす「自分のやり方」を押し通して動じない強さに驚嘆しておられるが、集中に散見される流鏑馬や夜神楽、初弓、寒行、寒稽古、寒垢離、鷹、尾白鷲など、自身の身の回り、生活の舞台の内側により多く腰を落ち着け、詠むべき対象をとことん追求する姿勢は好もしい。 「文法にこだわるひと日秋の空」 こだわりの行き付くところ、第三句集ではどんな「薪能」を見せてくれるのか、今から楽しみなことである。 |
評 者 | |
備 考 |
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