満州体育協会 創設、世界でスポーツ武者修行
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1921年(大正10年)10月、南満州鉄道株式会社(満鉄)に体育主任として入社。 1922年(大正11年)満州体育協会を創設、理事長に就任。以後11年間在職する。 1923年(大正12年)12月、海外の体育事情視察の為、8カ月間の旅(アメリカ、カナダ、イギリス、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ドイツ、フランス等)に出発。 1924年(大正13年)1月、海外視察の最初の目的地ハワイでサーフィンを体験。アメリカのシカゴでは当時19歳のジョニー・ワイズミュラー(後の金メダリストでターザン俳優としても有名)から本格的なクロールを教わる。 カナダのモントリオールではスキーやスケート、スキージャンプを体験しアイスホッケーの試合を見学した他、当地のスケートリンクの氷作り名人に師事、作り方を習得する(後に岡部は満州でスケートリンク作りを行い、それが満州スケート界の飛躍を支える事になった)。 フィンランド(当時の陸上競技強国)では、パーヴォ・ヌルミの走りを見学。ヤーッコ・ミッコラ(陸上競技コーチ)から、三段跳びの理論やインターバル走等 科学トレーニングを学んだ。この夏、フランスでパリオリンピックを視察。
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