清水谷薫とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 清水谷薫の意味・解説 

清水谷薫

(清水谷洋子 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/09 00:30 UTC 版)

しみずだに かおる
清水谷 薫
本名 福井 睦子(ふくい むつこ)
別名義 清水谷 洋子(しみずだに ようこ)
生年月日 (1934-03-31) 1934年3月31日
没年月日 1961年
出生地 日本 大阪府大阪市
職業 女優
ジャンル 映画
活動期間 1954年 - 1960年
配偶者 須川栄三
主な作品
『強盗と判官』
『花の渡り鳥』
テンプレートを表示

清水谷 薫(しみすだに かおる、1934年昭和9年〉3月31日 - 1961年[1])は、日本の元女優である[2]。実妹は宝塚歌劇団万里弥生[3]

来歴・人物

大阪府大阪市生まれ。1952年昭和27年)大阪府立清水谷高等学校を卒業[4]1954年3月に東京映画東宝の関連)入社。出身高校から名付けた「清水谷洋子」の芸名で、「風立ちぬ」(堀辰雄原作、島耕二監督)でデビュー。「あんみつ姫」「赤いカンナの花咲けば」「忘れじの人」などに出演した[5]

1955年10月、大映の誘いで移籍し「清水谷薫」と改名。京都撮影所に所属し、同年の「怪盗と判官」で、市川雷蔵遠山金四郎役)や勝新太郎鼠小僧次郎吉役)と共演。翌年「花の渡り鳥」では、長谷川一夫演じる主人公(榛名の清太郎)の元恋人で、市川雷蔵(佐吉)の妻(おしの)役を演じた。その後東京撮影所へ移籍。「姿なき一〇八部隊」「くちづけ」「暖流」「白鷺」などに出演した[6][4]

1959年日活へ移籍。「脅迫の影」「キャンパス110番より 学生野郎と娘たち」などに出演した。

須川栄三監督と結婚

映画監督須川栄三と結婚したが、睡眠薬を服用して急死したといい、脚本家白坂依志夫は「葬式に駆け付けると、誇大妄想癖が少しあった(劇作家の)寺山修司が、私(白坂)の横にいてささやいた。“須川の奴、モテ余して殺したんだよ。あの奥さんを”」と書いている(月刊誌シナリオ2008年6月号別冊)。

出演作品

映画

「清水谷 洋子」名 [7]

「清水谷 」名 [8]

関連項目

脚注




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  清水谷薫のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「清水谷薫」の関連用語

清水谷薫のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



清水谷薫のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの清水谷薫 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS