活動に対する批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 01:05 UTC 版)
「検察庁#問題点と議論」、「検察庁#特捜検察と公安検察」、「検察庁#検察のあり方」、および「国策捜査」も参照 特別捜査部は汚職を取り締まるために時の政権の意向に左右されやすいと言われている。また、有罪にするために強引な捜査手法が目立つとの批判もある。 最近では、特捜部の捜査手法が公安警察のように、社会の秩序安定を目的に一罰百戒を狙って逮捕することに重きを置くようになった(特捜部の公安化)という指摘がある。かつての特捜部は被疑者が反論できないくらい証拠を固めていて、強制捜査は事件の開始を告げる儀式に過ぎなかったが、現在の特捜部は証拠が固まっていない内から強制捜査に乗り出すため、捜査が行き当たりばったりになっていると指摘されている。ライブドア事件もそういう傾向が表れていたという。この背後にあるのは「国民が望んだ」という意識で、証拠固めよりも世論の空気に動かされて捜査に突入しているという。このことが国策捜査の連発につながっていると指摘されている。背景として、特捜部が恣意的な判断に基づいて、摘発対象の選定や摘発の可否を決定を行っている点が指摘されている。 沖縄密約告発事件(いわゆる西山事件)では、情報提供者の外務省の女性事務官と西山太吉を逮捕・起訴した際に佐藤道夫検事が起訴状に「ひそかに情を通じ、これを利用して」という言葉を記載。この結果、テレビのワイドショーなどが、西山記者と女性事務官の関係の連日批判を展開し、世論は一転して西山記者と女性事務官を非難する論調一色になり、沖縄密約については議論されなくなった。
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