歴史家・作家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 14:18 UTC 版)
「W・E・B・デュボイス」の記事における「歴史家・作家」の解説
1910年代はデュボイスにとって多作な時期であった。1911年、彼はロンドンの第1回人種会議(英語版)に参加し、自身の最初の小説『The Quest of the Silver Fleece.』を発表した。2年後、デュボイスは舞台『The Star of Ethiopia(英語版)』の野外劇を執筆・制作・監督した。1915年、デュボイスはアフリカ黒人の歴史『The Negro(英語版)』を出版した。これはこの種の著作の中で英語で書かれた最初のものである。この書籍はアフリカ人の劣等性についての主張に反駁し、20世紀のアフリカ中心的な歴史記述の基礎としての役割を果たすことになる。『The Negro』は全世界の有色人種(colored people)の統一と連帯を予想し、多くのパン・アフリカ運動の支持者たちに影響を与えた。 1915年、『The Atlantic Monthly』が資本主義と人種についてのデュボイスの考えをまとめた彼のエッセイ「The African Roots of the War」を掲載した。その中で彼はアフリカの争奪が第一次世界大戦の根底にあると主張した。また、後の共産主義者のドクトリンを先取りし、富裕な資本家が白人労働者に彼らの反逆を防ぐのに十分なだけの富を与えることによって、また有色人種の労働者の低賃金労働による競争で彼らを脅かすことによって、白人労働者を宥めていたと主張していた。
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