正親町三条公兄とは? わかりやすく解説

正親町三条公兄


正親町三条公兄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/25 05:27 UTC 版)

 
正親町三条公兄
時代 室町時代後期(戦国時代
生誕 明応3年(1494年
死没 天正6年1月20日1578年2月26日
官位 正二位内大臣
主君 後土御門天皇後柏原天皇後奈良天皇正親町天皇
氏族 正親町三条家
父母 父:正親町三条実望、母:今川義忠の娘
兄弟 公兄西園寺実宣
加賀介藤原某(富樫氏と言われる)の娘
実兄、実福実教、松陰居士、三条西実枝
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正親町三条 公兄(おおぎまちさんじょう きんえ)は、室町時代後期(戦国時代)の公卿。官位は正二位内大臣

経歴

生後すぐに叙爵。以降、侍従右近衛少将右近衛中将蔵人頭を経て、永正15年(1518年)には参議となり、公卿に列する。その後、備前権守左近衛中将を歴任したが、経済的に困窮し、天文9年(1540年)より今川氏との縁を頼って駿河国に下った。天文13年(1544年)に一度帰京して朝廷へ出仕。参議に叙せられ、公卿に列した。ついで権中納言となり、天文15年(1546年)には権大納言となったが、天文16年(1547年)には再び甲斐国へ下向してしまった。のちふたたび帰京し、天文21年(1552年)には大宰権帥に任じられ、さらに天文23年(1554年)には内大臣を務めた。たびたび地方に下向して朝廷への奉仕を放棄しながら、正親町三条家の極官にまで官位昇進を遂げたことは、当時の朝廷の人事管理や廷臣統制がいかにいいかげんになものであったかを物語る。

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