歌唱など
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/26 01:20 UTC 版)
ホッターは幅広いレパートリーを持っていたが、とりわけ偉大なワーグナー歌いとして広く認められ、『ニーベルングの指環』の神々しいヴォータン、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の慈愛に満ちたハンス・ザックス、『パルジファル』のグルネマンツ、オランダ人など主要作品の要となる役柄において高い評価を受けた。 また、ホッターはオペラの舞台のほか、バッハの宗教曲、シューベルト、シューマン、レーヴェ、ヴォルフ、リヒャルト・シュトラウスなどのドイツ歌曲においても、その洞察力に富んだ解釈で深い感動を与えた。特に1954年にジェラルド・ムーアのピアノ伴奏で歌ったフランツ・シューベルトの連作歌曲『冬の旅』の解釈・歌唱は世界的に著名であり、まさに「世紀の録音」と言っても過言ではない。1962年以来、日本でもたびたびリサイタルを行い、多くの聴衆の支持を受けた。1990年代まで彼は高い水準の歌唱力を保ち続け、リサイタルを開催し続けた。 彼の力強く比類ないバス・バリトンの声は、楽曲にふさわしい洗練されたテクニックをも併せ持つものであった。さらに、卓越した知性と想像力も伴っていた。 特に前述の『冬の旅』、シューベルトの『白鳥の歌』が広く愛聴されているが、バス・バリトンという自身の声域からレパートリーを制限し、『美しき水車小屋の娘』などは歌わなかった。 ミュンヘンのホッターのもとにはさまざまな歌手が勉強に訪れ、クリスタ・ルートヴィヒが女性が『冬の旅』を歌う事について尋ねた際には「良いと思うよ。私は『女の愛と生涯』を歌おうとは思わないけど」と語った。後にナタリー・シュトゥッツマンも『冬の旅』を勉強しにホッターのもとを訪れた。
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