日本初のゲイビデオ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 05:58 UTC 版)
日本初のゲイビデオは、1981年8月22日にゲイ雑誌・薔薇族発行元の第二書房内に設立された、フェスター・エンタプライズから発売された「青春体験シリーズ 少年・純の夏」(制作アポロン企画)だといわれている。但し、それ以前にも1978年発売の個人が撮影したゲイビデオ「妻も子もあるいい男を責める」という裏ビデオが出回っていた。またそれ以前にもアテネ上野店 が1969年の設立からゲイビデオ(8ミリフィルム含む)を出していたと自称しており、1973年発行のアドンの前身であるアドニスボーイにもアテネ上野店が制作していた8ミリフィルム作品「青い麦」(ダブル8ミリ45分3000円、同カラー45分9000円)、「白い血の悦楽」(ダブル8ミリ60分3800円、同カラー60分13000円。集約編22分1600円、同カラー集約編22分4900円)の広告が掲載されている。また同年9月22日発売の第2作目「薔薇と海と太陽と」(制作ワールド映画株式会社)は好評で、翌1982年に東映セントラルで全国配給された。この頃はいわゆる「美青年」や「日本男児」によるドラマ仕立ての非常にソフトな内容で、30分ほどで2万円近くする高価なものだった。
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