日本におけるボールドウィン台車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/09 01:25 UTC 版)
「ボールドウィン・ロコモティブ・ワークス」の記事における「日本におけるボールドウィン台車」の解説
大正前期~昭和戦前期にかけて、日本の電車用台車として、ボールドウィン社が開発した台車が大量に採用された。日本の電車用台車としては、ブリル(J.G.Brill)社製のものと双璧をなした。 初期には輸入品も多数輸入されたが、日本国内のメーカー各社の製造技術が向上した中期以降にはコピー品が大量に製造された。台車枠が棒鋼組立式で一般的な部材で構成されており、製作が簡単だったため、技術力が未熟な日本の鉄道車両業界でも製作できたのがその理由とされている。 特に有名な台車としては、Baldwin-A・-AA形と呼ばれるものがある。 これは当時のMaster Car-Builders Associationと呼ばれる大手鉄道車両メーカーの団体が推奨したMCB規格と呼ばれるインタアーバン用高速電車向け台車の規格に従って設計された揺れ枕を備える釣り合い梁式台車であり、心皿荷重上限と軸距を自由に設定可能であったことや、乗り心地が比較的良好であったこと、それに高速化に伴って必要性が増大した両抱き式ブレーキの実装がライバルであったBrill 27MCB系よりも容易であったことなどから、特に昭和戦前期の日本の私鉄向けでは事実上の標準台車として広く普及した。 ボールドウィン型台車を国産化したメーカーは、以下のようなものがある。 汽車製造 日本車輌製造 川崎車輌 住友金属 日立製作所 近畿車輛 木南車輌製造 南海鉄道天下茶屋工場 なお、南海鉄道の製造分は日本車輌製造と汽車製造の同系台車を自社工場でコピーした、孫コピー品である。
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