弾圧の時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 14:11 UTC 版)
社会変革の考えをもつ作家は、それぞれの立場から様々な作品を発表したが、治安維持法と特別高等警察による社会主義、共産主義的思想の弾圧は年々厳しくなっていく。1933年2月20日に小林多喜二が築地警察署で獄死し、共産党員が続々と〈転向〉する中、プロレタリア文学も徐々に衰退していった。すでに1932年に「労芸」は解散し、1934年2月には、コップのなかの文学組織であった日本プロレタリア作家同盟(ナルプ)も解散を表明した。 その中で、個々の作家は、林房雄のようにプロレタリア文学の立場自体を放棄するもの、中野重治のように〈転向作家〉として作品を書いていくもの、宮本百合子のように社会変革の立場を保持し続けるもの、のようなさまざまな対応をしながら、戦時下の時代に対処していった。しかし、戦争が全面的に展開される時期になると、時流を批判する作品はほとんど発表できない状態となった。 この時期の活動を受けて、戦後プロレタリア文学運動にかかわった者の多くは、再び社会進歩をめざす文学を希求し、民主主義文学運動を旗に掲げだすこととなった。
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