家出と放浪とは? わかりやすく解説

家出と放浪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 21:11 UTC 版)

アルチュール・ランボー」の記事における「家出と放浪」の解説

同年8月ランボー家出をして普仏戦争下のパリ向かった。だが、無賃乗車のために北駅で逮捕され当時リヨン駅向かいにあった)マザス刑務所フランス語版)に収容された後、シャルルヴィル送り返された。この後も数か月の間にさらに2回家出をし、北フランスベルギー放浪しながら「わが放浪」「みどり亭で」「戸棚」「冬の楽しみ」の他「谷間眠る男」などの戦争に関する詩を書き続けた。うち22編を2冊の手帖に清書してドゥエオー=ド=フランス地域圏ノール県滞在中にイザンバールを介して知り合った詩人ポール・ドメニー(フランス語版)に託した。これらは後に「ドゥエ詩帖(フランス語版)」として知られることになる。 1871年5月13日付のイザンバール宛の手紙 と 1871年5月15日付のドメニー宛の手紙 は、後にランボー詩人として宣言文見者の手紙」として知られることになる。「母音」と並んで最も多く論じられる詩「盗まれた心」を含むイザンバール宛の「見者の手紙」に、ランボー次のように書いている。 私は考える、と言うのは誤りです。ひとが私を考える、と言うべきでしょう洒落言っている訳ではありませんが。私とは一個他者なのです。 「パリ軍歌」「ぼくのかわいい恋人たち」「うずくまって」の3編の詩が書かれ得たドメニー宛の手紙でランボーは「詩人たらんと望む者が第一に行うべき探求は、自己認識すること、完全に認識すること」であり、このためには、自己拘束するすべての既成概念常識因習捨て去り、意味に反する意味を模索し未知体系的に探求し精神道徳身体の限界超えるべきであるとし、さらに次のように宣言する詩人は、あらゆる感覚の長期にわたる、広大無辺でしかも理に即した錯乱により、見者となる。あらゆる形の愛、苦悶狂気――彼は自らを探求し、己の中にあらゆる毒を汲み尽し、その精髄のみをとるのである苦痛言いようのないほどのものであり、全き信条超人間的な力がなければ出来ないことなのであるが、そのようにして彼は、なかんずく偉大な病者偉大な罪人偉大な呪われ人となり、――そして至高の「学者」となるのだ! 「見者の手紙」では、「見者」という観点から過去詩人評価・批判している。このなかでボードレールは「第一見者詩人たちの王、真の神」とされ、高踏派詩人ではアルベール・メラ(フランス語版)と「真の詩人ポール・ヴェルレーヌが「見者」として挙げられている。

※この「家出と放浪」の解説は、「アルチュール・ランボー」の解説の一部です。
「家出と放浪」を含む「アルチュール・ランボー」の記事については、「アルチュール・ランボー」の概要を参照ください。

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