宮良長詳とは? わかりやすく解説

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宮良長詳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/30 01:17 UTC 版)

宮良 長詳
みやら ちょうしょう
生年月日 (1894-01-11) 1894年1月11日
出生地 沖縄県石垣市
没年月日 (1965-01-30) 1965年1月30日(71歳没)
出身校 九州帝国大学

在任期間 1945年12月28日 - 1946年10月21日
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宮良 長詳(みやら ちょうしょう、1894年明治27年)1月11日 - 1965年昭和40年)1月30日)は、戦前の沖縄県医師で、八重山支庁政治家。 終戦直後に八重山支庁長を務めた。沖縄県石垣市出身。

経歴

明治27年(1894年)1月11日生まれ。大正10年(1921年)に九州帝国大学医学部を卒業する。

大正13年(1924年)に石垣島に帰島し医院を開業する。戦前は八重山諸島旧制中学校設立運動に関わる。

沖縄戦後は、八重山諸島の混乱を鎮めるために、有志とともに八重山自治会を結成し自治会長に就任する[1]。進駐したアメリカ軍によって八重山支庁長に任命される。

翌年に支庁長を辞任し、以降は八重山人民党を結成するなど、しばらく政治活動を続け、晩年には仏教に帰依する。

脚注

  1. ^ 大田靜男 『八重山戦後史』 ひるぎ社 、1985年1月15日初版、pp.56 - 58。

関連項目




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