大味久五郎とは? わかりやすく解説

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大味久五郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/12 07:33 UTC 版)

大味 久五郎(おおみ[1] / おおあじ[2] きゅうごろう、1874年明治7年〉2月24日[1] - 1943年昭和18年[3]〉)は、日本内務警察官僚。官選沖縄県知事小樽区長。

経歴

石川県石川郡金沢(現:金沢市小将町[要出典][4]で、旧加賀藩士・大味如金の長男として生まれる[1][2]1894年7月、第四高等中学校を卒業。1897年7月、東京帝国大学法科大学を卒業。拓殖務省に入省し拓殖務属となり南部局勤務となる。同年9月、拓殖務省が廃止され、内閣属・台湾事務局勤務に転じた。1898年12月、文官高等試験行政科試験に合格した[5][6]

1899年1月、内務省に転じ内務属・大臣官房文書課兼警保局勤務となった。以後、香川県参事官奈良県参事官、奈良県警部長山梨県警部長福島県警部長福島県事務官第四部長、山口県事務官・第四部長、同警察部長、青森県事務官・警察部長、徳島県事務官・警察部長、山形県事務官・内務部長などを歴任[2][5]

1914年6月9日、第2次大隈内閣により沖縄県知事に任命された。県内の政党は政友会で占められていたが、それに圧力を加え立憲同志会の勢力に塗り替えることを達成した[2]。一方、県会決議を無視するなど県民に対して高圧的な態度で臨み、排斥運動を招いた。「沖縄県産業十年計画」を立案するも、1916年4月28日に知事を休職すると計画は自然消滅となった[1][5]1917年4月16日、依願免本官となり退官した[7]

1919年10月4日、小樽区長に就任した[8]

脚注

  1. ^ a b c d 『沖縄大百科事典』上巻、412頁。
  2. ^ a b c d 『新編日本の歴代知事』1125頁。
  3. ^ 『東洋 3月号』122頁。
  4. ^ 石川県金沢市小将町
  5. ^ a b c 「大味久五郎北海道小樽区長就任ノ件」
  6. ^ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』179頁。
  7. ^ 『官報』第1410号、大正6年4月17日。
  8. ^ 『官報』第2154号、大正8年10月8日。

参考文献

  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 沖縄大百科事典刊行事務局 編 『沖縄大百科事典 上巻』沖縄タイムス社、1983年5月30日。NDLJP:12193837 
  • 内閣「大味久五郎北海道小樽区長就任ノ件」大正8年。国立公文書館 請求番号:本館-2A-019-00・任B00899100
  • 『東洋 3月号』東洋協會、1943年。



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