安斎桜磈子とは? わかりやすく解説

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安斎桜磈子

読み方あんざい おうかいし

俳人宮城県生。名は千里。家は代々仙台藩の御機師で高等小学課程終了後家業を継ぐ。碧梧桐選の『日本俳句』に投句一時菅原師竹と共に師竹・磈子時代築いた新傾向俳句重鎮。『海紅』が創刊されてから同人となり、作風自由律転ずる著書句集閭門の草』、俳論随筆集『山に祈る』がある。昭和28年(1953)歿、67才。

安斎桜磈子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/22 16:02 UTC 版)

安斎 桜磈子(あんざい おうかいし、1886年明治19年)2月7日 - 1953年昭和28年)12月12日)は、宮城県登米市登米町出身の俳人本名は千里(ちさと)である[1][2][3]


  1. ^ a b c 万有百科大事典 1973, p. 32.
  2. ^ a b グランド現代百科事典 1983, p. 139.
  3. ^ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 68頁。
  4. ^ a b 安斎桜磈子 - 美術人名辞典、2013年7月27日閲覧。
  5. ^ 『日本』の俳句欄の選者は元々は河東碧梧桐ではなく、正岡子規であったが1902年(明治35年)に没した後は河東が継いだ。
  6. ^ 安斎桜磈子とは - コトバンク、2013年7月27日閲覧。
  7. ^ 菅原師竹とは - コトバンク、2013年7月27日閲覧。
  8. ^ 安斎桜子 句碑、2013年7月27日閲覧。
  9. ^ 登米市登米町の句碑・歌碑、2013年7月27日閲覧。


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