大陸での青年期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 09:50 UTC 版)
「トマス・クロムウェル」の記事における「大陸での青年期」の解説
1485年、ロンドン郊外のパトニー(英語版)で、ウォルター・クロムウェル(1463年 - 1510年)の子として生まれる。ウォルターは鍛冶屋・ビール醸造家・毛織物仕上げ工・旅館業など職業を転々とし、町の治安官を務めたことがあったが、文書偽造や酒乱で罰金を科せられるなど素行が悪く貧しい暮らしだった。トマスは父への反発から1503年頃に早くから故郷を離れヨーロッパ大陸へ渡航、フランス王国軍の兵士となりイタリア戦争にも従事、第二次イタリア戦争における1503年12月29日のガリリャーノ川の戦い(英語版)に参加したという。 その後1512年まではフィレンツェの有力な富豪にして銀行家のフレスコバルディ家に雇われ、ネーデルラント(オランダ)のミデルブルフ織物市場で商事に従事していた。クロムウェルはこれらの活動を通じて国際的商取引の実務知識を身に付け、ラテン語・イタリア語・フランス語に堪能となり、ローマ教皇庁の枢機卿クリストファー・ベインブリッジ(英語版)に仕えた。バチカン図書館の史料によればベインブリッジの代理人となり、イングランドに関わる教皇庁控訴院の案件に従事していたという。
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